第34話 誘拐2

 エリーズ。甲高い甘い声の女。同じ部隊の隊員と通じていた女。僕を裏切った、二度と会いたくない女。


 僕は気持ちが悪くなり、その場に座り込んでうっ、と口を押さえた。


「大丈夫か?」


 アイルの呼びかけに頷く。


 今は僕の感情よりも、リナの安否が最優先だ。こんなことをしている場合ではない。


「あいつ、聖女を辞めさせられたんじゃ?」


 ようやく言葉を絞り出せば、アイルは首を横に振った。


「解任になったのは騎士団だ。腐っても聖女だからな。宰相の後ろ盾もあって、王宮で貴族相手に聖女業をやっていたよ」

「知らなかった……」


 驚く僕にアイルは苦笑して言った。


「お前、基本引きこもりだから会うことはないと思って、あえて言わなかった。師団長もお前を王宮になるべく行かせないようにしてたしな」


 知らなかった情報に僕は呆然とする。


 婚約破棄の後、二人に配慮してもらっていたことに僕は感謝した。


「ありがとう」


 そう言うと、僕の気持ちを察したアイルは、また僕の肩に手を置いた。


「ということは、シュクレンダ男爵家にリナはいるのでしょうか?」


 マリウスが僕たちの会話に入ってきたので、はっとなる。


 そうだ。リナの居場所だ!


「そうだね。とりあえず、隊員をやってみてくれる?」


 アイルがそう言えば、マリウスはすぐさま通信機を使って、隊員に指示した。


 その通信機も僕の作品だ。


 歴代の魔術師のトップは魔力が高く、魔術の腕も高い人たちで、今の師団長もその最たるだ。


 魔法付与は昔から利用されていたが、その精度を強化する研究や、それを利用したアイテム作りは僕が始めたことだ。


 圧倒的な力で上に立つ歴代の長たちとは違い、僕は引きこもって研究する方が性に合っていて。師団長のおかげで僕はそれが許されていた。だから。


「こういう時、僕って役に立たないな……」


 ポツリと呟いたはずが、アイルは聞き逃さなかった。


「何言ってるんだ!あの通信機だって、今この場に無ければ指示が遅れるんだぞ?」


 笑って背中を叩かれ、僕はよろける。


「だから、体力落ちてるんだって……」


 騎士団の副団長に思い切り叩かれて、僕は苦笑いした。


 そのうち、マリウスの通信機に報告が入る。


「あの馬車です!」


 あの護衛騎士がいつの間にかシュクレンダ家の近くにたどり着いたようだ。


 一緒にいた副隊長が通信をそのままに、シュクレンダ家を尋ねることになった。


 僕は通信機からの報告に固唾を呑む。


「第一部隊の方が何のご用ですか?」


 エリーズだ!!


 その甘く甲高い声で、一瞬にして気付く。


 アイルに目配せすると、アイルも頷いて返した。


「うちの聖女が誘拐されまして」

「まあっ!それは怖い。お気の毒なことです」


 わざとらしいエリーズの声が通信機から漏れた。


 まあ、「はい、私がやりました」なんて言うわけないよな。


「こちらの邸宅に停めてある馬車なんですが、うちの隊員があの馬車で攫われる現場を目撃しております」

「まあ、見間違いでは?」


 まあ、そうなるよね。こういう場合、証拠が無いと厳しい。


「賊が紛れ込んでいる可能性がありますので、調べさせていただいても?」

「まあ、怖い。調べていただいた方がこちらも安心ですわね。どうぞ」


 エリーズはあっさりと隊員を家に招き入れた。自信たっぷりの態度が逆に怪しい。


「隠し扉や通路なんかあると難しいな」


 アイルが通信を聞きながら難しい顔をして言った。


「はい。相手の協力で成り立っている以上、表面上を確認することしか出来ないですから」


 マリウスも難しい顔をして言った。


 婚約破棄、しかもエリーズの浮気が原因。エリーズの評判が地に落ちていたとしても、宰相が後ろにいる。貧乏男爵家だとしても貴族の家だ。


 騎士団の一部隊が証拠も無しに、簡単に介入なんて出来ない。


 ここには格上のお貴族様が二人もいるというのに。そう思ってアイルに尋ねる。


「なあ、アイルの力で何とかならない?」

「強引に進めることは出来るだろうが……証拠が無いと……」


 アイルでも難しいらしい。宰相というのが厄介だ。リナさえ見つかれば状況証拠で何とでもなるのに。


 シュクレンダ家では無く別の所に監禁されていれば、それこそリナの命が危ないかもしれない。


 僕たちは何も出来ず、ただ副隊長たちの報告を待った。


 しかし、やはり何も出て来なくて。


「もうよろしいですかあ?あんまり疑われると、悲しくて宰相様に相談してしまいそうだわ」


 エリーズの脅しとも言える言葉に、隊員たちもこれ以上は無理だ、皆がそう思った。


 リナーー。そこにいるのか?助けを求めてくれ!!


 そう思った瞬間、僕の足元が光りだした。


 この魔法陣は、転移魔法。


 あ、と思った。思ったと同時に僕は、アイルとマリウスを掴んだ。


 急に光りだした僕に掴まれて、二人がギョっとしている。


「状況証拠で何とかなるだろ」


 僕が二人にそう言うと、二人はまだ不思議そうな顔をしていた。


「大丈夫」


 僕はそう言うと、二人と一緒に光に包まれて転移した。


 行き先はわかる。


 リナのいる場所だ!!

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