第46話 恋バナ

「私の婚約者もあの聖女の中にいまして」


 移動中の馬車の中、魔術師男四人は、何故か恋バナで盛り上がっていた。


 僕は研究ばかりで、あまり人と話すのは得意ではない。なので主に聞いているだけなのだが。


 一緒に乗り合わせた魔術師三人は、水、火、土それぞれの力が、特化した師団長選抜の精鋭だ。


 新人教育を担う僕とは接点の無い三人だが、魔法弾の報告書で見たことのある名前ばかりだった。


「俺は親の決めた婚約者がおりまして、来年結婚の予定です」


 真面目そうな所がマリウスに似ているアシュリーがそう言うと、僕の隣に座っていたカールがため息をつきながら言う。


「皆さん、お相手がいて羨ましいです〜。僕は同じ魔術師団に片思いしている人がいまして……」

「え? 誰だ?」


 興味津々に斜め向かいのワーズが乗り出して来る。


「それは言えませんよ!」


 カールが恥ずかしそうに叫び、三人は楽しそうに会話をしていた。


 これから死をも覚悟する戦いに向かうのに、平和だなあ、と一人黙って会話を聞いていると、僕にも流れ弾が来た。


「副師団長はリナさんと夫婦になられたんですよね?!」

「え、そ、そうだね」


 ワーズのグイグイ来る質問に思わず言い淀む。


「あー、僕もマリアと夫婦になっておけば良かったなあ」


 マリアとは、あの三人の聖女のうちの一人らしい。


「そうだな。同じ戦地に赴く身ならば俺もそうしただろう」

「だろ? 死ぬかもしれないないなら後悔の無いようにさあ……」


 アシュリーとワーズの会話に場がシーンとした。


 皆、明るく振る舞ってはいるが、やはり相当の覚悟を持って来ているのが伝わってきた。


「難しい戦いになりますよね…」


 カールがポツリと言葉を発すれば、


「私とマリアは、副師団長とリナさんの話を聞いて、この作戦に立候補しました」


 ワーズが真剣な顔で僕を見つめて言った。


「二人に感化された者は多いと思いますよ。第一部隊を見ればわかる」


 アシュリーが静かに続いた。


 そんな二人の言葉に驚きつつも、僕は、僕たちを支えてくれる存在がまだいたことに胸が熱くなった。


「みんな大切な者のために、今回の作戦にかけています。それに副師団長には勝算がありますよね?」


 ワーズはニヤリと笑って僕に言うので、僕も応えないわけにはいかない。


「僕がみすみすリナを死なせるわけないだろ?」


 僕の言葉にワーズとアシュリーは笑い、カールは「愛の力ってやつですかー、羨ましいー」と嘆いた。


 皆にも大切な物があって。それを守るためにここに来ている。当たり前だけど、当たり前じゃない。


 僕とリナを信じて、皆、大切な人の元に帰ると信じて参加しているのだ。


 リナを守ることだけを考えていた僕は、自分の肩にかかる重さを改めて実感し、怖くなった。


 三人の前でそんな素振りは見せられなかったけど。


 僕は、リナとアンに貰ったお守りを握りしめて心を落ち着かせる。


 必ず生きて皆帰る。


 改めて心に誓って。


 その後も三人は楽しそうに話していた。しまいには、自分の婚約者がいかに可愛いか、というワーズとアシュリーの言い合いに、カールが辟易としていた。僕も思わず参加しそうになったのは、ここだけの秘密だ。


 そうこうしているうちに、一日かけて、目的地手前の拠点まで着いた。今日はここで野営をして、体制を整える。明日は馬車はここに置いて、徒歩で森まで一気に隊を進めるのだ。


 薪がくべられ、テントの準備が次々されていく。僕たち魔術師も魔法を使って、テント張りや火をおこすのを手伝った。


 それから夜が近づき、各々食事を取っていた。


 僕はアイルとマリウス、第二部隊の隊長と集まって、明日の最終確認をした。


 会議が終わり、テントの外に出ると、皆が思い思いに歓談したり、鍛錬をしたりしていた。


 そんな中、僕はリナを探す。


 リナは、皆から離れて、少し森を抜けた所にいた。開かれたその場所には、倒れた木があり、リナはそこに腰掛け、星空を眺めていた。


 日が完全に落ちきっていない、オレンジと黒のコントラストの空に、一際明るい星がすでに瞬いている。


 星空を見上げるリナが儚くて。今にも消え入りそうだった。


「リナ!」


 そんな不安をかき消すように、僕はリナを呼んだ。


「レイン」


 僕に気付いたリナはいつも通りの笑顔を僕に向けて振り向いた。


 僕はすぐさまリナの側に駆け寄り、彼女を抱きしめた。


「リナ、一人で危ないじゃないか」

「ごめん、ここなら大丈夫だと思って。それに……」


 僕の腕の中でリナが笑って答えた。


「レインならすぐに見つけてくれると思って」

「リナ……」


 リナの言葉に胸が締め付けられた。きっと彼女は一人になりたかったのだろう。それでも、僕のことは待ってくれていた。


 抱きしめた彼女の温もりを感じながら、僕は彼女に何度も言った。


「見つけるよ。僕は必ずリナを一人にしない」


 僕たちを包みこむように、辺りはすっかり漆黒に変わっていた。


「あ! 流れ星!」


 リナが僕の肩越しに空を指さして言った。


 僕も空を見上げると、また一つ、星が流れていった。


「何かお願いごとした?」


 背中越しにリナから聞かれれば。


「僕の願い事なんて一つしかないよ」

「何?」

「リナといつまでも一緒にいられますように」 


 リナを抱きしめる手に力が入る。リナは何も言わずに、沈黙だけが流れた。


 泣いているのか笑っているのかわからない。でも。


「私と一緒だ」


 ポツリと溢れた言葉に、僕は何だか泣きそうだった。


 僕たちは抱き合ったまま、ひたすら星空を眺めた。


 この瞬間が永遠になれば良い。そんなことを考えながら。

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