第45話 出発

「よし」


 魔術師のローブに身を包んだ僕は、騎士団にやって来ていた。


 結婚式から四日後、決戦の日だ。


 決戦と言っても、これから一日半ほどかけて、国境近くの森を目指す。そのため、騎士団の前には荷馬車が並び、慌ただしく準備がされている。


「レイン」


 聖女のローブに着替えたリナが、僕を見つけて駆け寄ってきた。僕はすぐにリナの手を絡め取り、甲にキスをした。


「リナ、僕から離れないでね?」

「う、うん……」


 リナは顔を赤らめながら僕を見つめてきたので、僕は首を傾げる。


「レイン、ますます甘くなってない?」


 リナが恥ずかしそうに言うので、僕は思わず笑ってしまった。


「結婚したら、遠慮しないって言わなかったっけ?」

「!」


 リナの顔が増々赤くなる。


 神様、僕の奥さんは結婚しても可愛いです。


「おーい、こっち来い〜!」


 僕たちがイチャイチャしていると、呆れた顔でアイルが奥の方から呼んでいた。


 慌ただしい準備の奥、騎士団には作戦室が置かれ、団長と師団長もいた。


 僕とリナは作戦室に入ると、マリウスと第一部隊の面々もいた。


「魔物の数を考えると、第一部隊と第二部隊を合同で行かせることにした」

「魔術師団からも、お前の魔法弾を使いこなせる優秀な奴、選抜しといたから」


 騎士団長と師団長が立て続けに説明をする。


「レインはリナしか見てないだろうから、アイル、統率は任せたぞ」

「はい」


 師団長とアイルのニヤニヤとしたやり取りに、僕は二人をジト目で見たけど、その通りなので、何も言えない。


「それで、浄化だが……」


 騎士団長がそう言うと、マリウスが扉を開けて、三人のご令嬢を中に入れた。


「周りの浄化は彼女たちが請け負ってくれるから、リナは原因の瘴気を浄化することだけに専念してくれ」

「え……」


 正直、僕もリナも驚いていた。この作戦に参加する他の聖女なんていないだろうと。


 でもリナ一人で魔物討伐と瘴気の浄化を担うのはかなりの負担だから、ありがたい申し出だ。


「私たちも聖女です! 役割を全うさせてください!」

「リナさんお一人に背負わせはしませんわ!」

「私たちの国ですもの。一緒に守りましょう!」


 三人はそれぞれに強い瞳で、リナの手を取った。


「はい……!よろしくお願いします……!」


 リナは三人のご令嬢の顔を見て、涙を滲ませながらも笑顔で答えた。


 この国も捨てたもんじゃない。


 僕も嬉しくて笑顔になった。きっと大丈夫。僕たちは、この戦いに勝って帰って来られる。


◇◇◇


「リナ」


 打ち合わせが終わった僕たちは、出発に向けて各々準備をしていた。今回、リナは聖女たち、僕はは魔術師たちと同じ馬車に乗るので、移動中は別れてしまう。


「レイン」


 リナは声をかけると、笑って僕を迎えてくれた。


 リナがちゃんとバレッタと婚約指輪をしているのを確認して抱きしめる。


「指輪もバレッタも外しちゃダメだからね」

「うん。レインが身近に感じられて嬉しい」


 リナが可愛いことを言うので、僕は抱きしめた腕を強くしてしまう。


「もう、みんないるのに……」


 リナがすでに諦めた顔になりながらも、僕から身体を離したので、笑って答える。


「みんな準備に忙しくて見てないよ」


 そう言ってまた抱きしめれば、「もう……」と言いながらも、彼女も抱きしめ返してくれた。


 その身体は少し震えていて。


 僕はポケットからある物を取り出し、リナに手渡す。


「これは……?」

「昨日、アンから届いたんだ。手作りのお守り」


 リナに手渡した物と同じ物を取り出し、僕はリナに見せた。


 あのアンが、みんなのために手作りしてくれたのだ。このお守りが届いた時はびっくりしたけど、同時に励まされた。リナもきっと同じ思いだろう。


 お守りを握りしめ、静かに目を閉じていたリナは、目を開き、僕を見て、ふわりと笑った。そして。


「これは、私から」


 リナから差し出されたのは漆黒の布で作られたお守りで。


「アンと考えることは一緒だね」


 と笑った。


 僕はそのお守りを受け取り、握りしめた。


「ありがとう、リナ。凄く嬉しい」


 僕がそう言えば、リナは嬉しそうに微笑んだ。


「結婚指輪は帰って来てからね」

「うん」


 僕はリナの指輪がはめられた左手にキスをすると、自身が乗る馬車に向かうリナを見送って、別れた。


 入っていたお守りは、三つ・・


 一つはピンクの生地に花の刺繍がされたリナの物。もう一つは青い生地で作られた僕の、そしてもう一つはーー


「マリウス!」


 馬に乗ろうとしていたマリウスに声をかける。


「もうすぐ出発だぞ」


 呆れた顔で僕を見たマリウスに、「ごめん」と言いながら、僕は赤い生地で作られたお守りを手渡す。


「これは…?」


 渡されたお守りを、マリウスがまじまじと見つめていた。


「アンから。マリウスにってお守り」

「お、俺に…?!」


 驚いてマリウスがこちらを見れば、その耳は赤くなっている。


「貰ってやって」

「あ、ああ……。ありがたく」


 耳を赤くしながらも、マリウスはお守りを懐にしまった。あのマリウスが。何だか微笑ましい光景だ。


「ちなみに、僕とリナとお揃いね?」


 僕は自分のお守りを指でぶら下げながらマリウスに見せると、マリウスの顔は何故か赤くなり。


「そ、そうか。そうだよな。俺だけじゃないか」


 口に手を当てながら、マリウスが呟くので、「おっ?」と思ってしまう。


 マリウスだけ・・じゃなくて、マリウスにも・・って所が重要なんだけどな。


 まあ、これは僕が口を出すことじゃないか。そう思いながらも、少しだけ援護をした。


「アンはどうでも良いやつに手作りなんてしないから」

「どういう意味だ……?」

「帰って来てから、アンに聞いたら?」


 「そうだな」と呟いて、お守りをしまった胸にマリウスは手を当てていた。


 そんなマリウスに手をヒラヒラ振り、僕も自分が乗る馬車に急いで向かった。


 いよいよ部隊は、魔物増大の原因である瘴気の森に向かって出発を開始した。

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