第24話 計画

「二人の関係は秘密だって言ったろ?!」

緊迫した護衛さんの声が響いた。

 いつもの飲み屋。リナと並んで座った僕の向かいの席から、アイルのそんな呆れた声が降ってきた。


 あの後。アイルからは「説教だ」と言って、リナと一緒にここに連れて来られたのだった。


「リナを守るためだ。仕方ないだろ?」


 僕は完全に開き直った態度でアイルに言った。

 アイルの顔が益々呆れていく。


「お前の場合、ただの嫉妬だろ……」

「嫉妬……!!」

「はい、そこ、喜ばない!」


 はあ〜、とアイルが溜息をつけば、可愛く喜んでいたリナは「はーい」と言って縮こまった。


 二人のやり取りが微笑ましくて、僕は思わずニヨニヨしてしまう。


「でも、いつまでも隠しておけるものじゃないだろ? 何が問題なんだ?」


 師団長もアイルも一体何を危惧しているのか。僕の婚約ごときで。


 するとアイルはチラリと気遣うようにリナを見た。


「あー……、エリーズとの婚約、宰相が絡んでたって言ったろ?」


 ああ、と僕は理解して、リナを見た。リナの前でエリーズの名前を出すなんて、彼女も良い気分はしないだろう。僕なら嫌だ。


 最近の僕の心は、リナに占領されていて、エリーズのことなんてすっかり忘れていたけど。


「何かあったんですか?」


 僕の想いとは裏腹に、彼女は何ともないという顔でアイルに聞いた。


 僕はホッとしつつも、気にして欲しいような……何だか複雑な気持ちだ。


「いや、まだ何も無いが……。少し怪しい動きをしていてな。」

「怪しい動き?」

「エリーズと宰相が面会をしていたんだ」


 アイルの顔は一気に険しくなっていた。


「僕に婚約を持ってくるくらいなんだから、普段から懇意にしているんじゃないのか?」

「いや、それは無い。宰相とシュクレンダ家の繋がりは急で……。それこそお前の婚約話の時からみたいなんだ……」


 陰謀めいてるな、と思っていた話がいよいよ明確になってきて、僕は怖くなった。


「師団長は、宰相が自分の息子とリナを婚約させようとしていたかもれしれないとも言っていた」

「何それ……」


 ますます許しがたい。


 リナを見ると、不安そうな顔で、静かにアイルの話を聞いていた。


「とにかく。お前は良いとして、リナに危険が及ぶのは避けたい」

「そのとおりだけど、酷いね、アイル?」

「この国の副師団長様に喧嘩売るやつなんていないだろ?」


 いつものおちゃらけた様子でアイルが返せば、「まあ、そうだね」と僕も返した。


 リナも隣で笑っていた。良かった。


 リナの笑顔を守るために僕は考えていたことを口にする。


「リナのことは、一日中、僕が近くで守るよ」

「「え????」」


 アイルとリナの声がハモると同時に、二人は僕を見た。


 流石兄妹。息がぴったりだ。


 不思議そうな二人の顔を見ながら僕は続ける。


「だから、リナとずっと一緒にいて僕が守る」

「仕事はどうするんだよ」


 すかさずアイルの突っ込みが入った。


「しばらく第一部隊の討伐には僕も参加するから」

「はあ? お前、仮にも副師団長なんだから無理だろ」

「仮にもって」


 アイルが絶対無理だ、という顔をしていたので、僕はニヤリと笑って答えた。


「大丈夫。僕に考えがあるから。絶対に師団長はOKを出すよ。だから、アイルは騎士団の方の根回しをよろしく」

「あーー、その悪い顔。久しぶりに見た」


 アイルは悟ったように、そして、はあ、と諦めたような顔で言った。


 僕たちのやり取りに、リナはハテナマークいっぱいの顔をして見ていた。可愛い。


「僕を誰だと思ってるのさ?」

「はいはい。この国の魔術師団副師団長様です」

「では、この国の騎士団副団長様。よろしくお願いします」


 僕がそう言えば、アイルは、しょうがないな、という顔で、「まかせろ」と言った。


「はあ〜、じゃあ。俺、色々手続きしなきゃだから。もう帰るわ」

 

 グラスに残ったビールを飲み干し、アイルは立ち上がって言った。苦い顔をしている。


「悪いな」

「お前たちのためだからな」


 そう言ってウインクをしてみせるアイルは、結局は僕たちのために動いてくれるのだ。


 優しい親友を持てたことに心から感謝をしている。


 色々あったけど、シスターやアンに師団長、アイル……そしてリナ。


 僕にはこんなにも素敵な人たちが周りにいる。それはとても恵まれていることだ。


「本当にありがとう」


 そうアイルに言えば、アイルはいつものニカッとした笑顔で。


「リナのこと頼むな!」


 そう言って飲み屋を後にした。


 リナのことは僕が絶対に守る!

 

 そう再び決意をして、僕はリナに向き直った。


「リナ、心配しないで。僕が必ず守るから」


 そう言ってリナの手を握れば、リナの様子がおかしい。


「リナ……?」


 勝手に事を進めて怒ってる?


 心配になって俯いたリナを覗き込めば、リナは顔を真っ赤にしていた。


「リナ……?」


 僕はリナの頬に手を滑らせる。リナは小さな肩を少しピクッと動かせ、恐る恐る僕を見つめて来た。


「あの……。レインさんが守ってくれるって嬉しいです」


 彼女がそう言えば、僕はホッとした。


 でもまだ何か言いたげで。


「リナ? どうしたの?」


 リナは頬に置いたままの僕の手を取って言った。


「あの……!!ずっと一緒にって……夜も……?」

「!!!!」


 僕はようやくリナが顔を真っ赤にしている理由を理解した。


「一緒に住むってことですか……?」


 顔を真っ赤にしている彼女を抱き締めたくなった。けど、今は違う、と僕は言い聞かせるのだった。

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