第36話 薬の正体

「薬の正体がわかったぞ」


 師団長が僕の研究室にやって来たのは、あの事件から三日立った日だった。


 リナは魔術師団内にある病院で療養している。この三日、事情聴取も行われていた。僕ももちろんリナに付き添い、一緒に聴取を取ってもらった。


 いきなり男爵家に踏み込んだことは、状況証拠を押さえたこともあり、師団長やアイル、騎士団の皆が上手いこと処理してくれていた。


 師団長と騎士団の団長は仲も良く、僕とアイルの関係と似ている。同じ戦う同志としてこの二団は元々良い関係なのだが。


 僕が色々考えているうちに、師団長と一緒にリナの病室に辿り着いた。ノックをしようとすると、アイルとマリウスもやって来た。


 リナの「どうぞ」という声で病室に入ると、リナはベッドの上で上半身を起こして出迎えてくれていた。


 顔色が良くなっていて僕は安心する。


 それからみんなで師団長から薬の成分結果を聞いた。


「王宮の薬室から盗まれた、忘却の薬だった」

「えっ」


 物騒な薬だな、と思っていると、心を病んだ人のために処方されると師団長が教えてくれた。


「厳重な管理をすり抜けられたとなると、宰相がやはり関わっていますよね」

「証拠は無いがな」


 アイルと師団長が難しい顔をして話しているのを、僕とマリウスとリナは静かに聞いていた。


 リナの話では、クレマは僕と婚約破棄をするように脅してきたとか。


「それで忘却の薬、ですか」


 マリウスが何やら納得しているが、僕はゾッとした。


「それって、僕を、だよね?」

「そうだろ」


 アイルがあっさりと答えるので、怖くなって僕はガバっとリナを抱きしめた。


「あの薬飲まされなくて本当に良かった!!」

「レイン……皆が見てます!!」

「皆慣れてるよ」

「もう!」


 三人はやれやれ、と生温かい笑顔をしている。


 僕は気にしないし、リナを抱きしめていたかったけど、リナが怒るので我慢して身体を離した。


「宰相の目的は何ですか?」


 マリウスがやれやれ、と話を戻す。


「よっぽど自分の息子とリナを結婚させたいらしい」


 師団長がどかっと、側にあった椅子に座る。


「何でエリーズが……」


 そこまで言って僕はリナをチラッと見る。リナは「気にしてません」とボソッと言った。


 僕はリナの手を握って頷く。


 コホン、というアイルの咳払いで僕たちは、二人の世界から戻って来た。


「レインの婚約者に再び収まれると宰相から言われていたみたいだ」


 エリーズの聴取をしたアイルが呆れた顔で言った。エリーズも所詮、宰相の掌で踊らされていたに違いない。


「僕にはリナだけなのに……」


 何で周りがこんなにも、とやかく邪魔してくるんだ?僕たちの幸せを邪魔しないで欲しい。


「リナはもてますからね」

「「えっ?!」」


 マリウスの爆弾発言に、僕とリナの声がはもる。


「私、もてないよ?!」

「そう思っているのはリナだけだ」


 慌てふためくリナに、マリウスは口の端を少し上げて笑った。そんな彼に僕も乗っかった。


「そうだね。リナには自覚してもらわないと」

「えっ?えっ?」



僕までこんなことを言い出したので、リナはパニックだ。


 そんなリナを見て、マリウスと僕は吹き出してしまった。


「もう……」


 笑っている僕たちを見てあたふたとしていたリナは、次第に穏やかな笑顔になっていた。


「とりあえず、今回の件は王の知るところになり、シュクレンダ家はお取り潰しだ。宰相は「知らん」の一点張りだが、薬の流れを調べれば何か出てくるかもしれん」


 エリーズは切られたか。


 一番悪いやつが今も野放しになっている。リナは再び不安そうな顔をした。


「大丈夫だ、リナ。お前には師団長に副団長、第一部隊隊長に副師団長がついている!」


 いつものニカッとした笑顔でアイルが言えば、リナは笑顔になった。


「凄い顔ぶれですね……!」

「本当は僕だけが守りたいんだけどね」


 僕がボソッと言えば、全員が笑った。


 まあ確かに、この面々なら大丈夫か。今回は隙を突かれてしまったが、このメンバーで守りを固めれば安心だ。


「というわけで、僕、リナの護衛に戻るからね」

 

 僕が高らかに宣言すれば。


「え?」

「は?」

「はあー……」

「だろうな」


 四人それぞれの返事が返ってきた。


 リナは驚いて、僕の身体を心配している。


 マリウスは「また第一部隊に入り浸るのですか」と憎まれ口を叩く。


 師団長は「また調整が…」と嘆いている。


 アイルは「お前ならそうするだろう」と諦めて笑っている。


「リナ、君を一番近くで守るのは僕だよ。だって君は、聖女の前に僕の婚約者なんだからね」

「レイン……!」


 そう言ってリナの手を取れば、リナの心配そうな顔が笑顔に変わった。


 そんなリナを僕は抱きしめて、三人を見れば、優しい顔で僕たちを見ていた。


「リナを守るためによろしくお願いいたします」


 リナから身体を離し、三人に向き直って頭を下げれば、リナも隣で頭を下げていた。


「当たり前だろ」


 頼もしい味方の声に、僕はふわふわとした温かい気持ちになった。

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