第13話 まさかの接点

「だからー、聖女のリナ。会った?」


 アンが当たり前のようにその名前を出すので、僕は混乱していた。


「アン、リナがここに来たのはレインが魔術学園に行ってからでしょう」

「あー、そっか。そこからか。」


 あっけらかんと話すアンに、相変わらず大雑把だな、と思いつつ、シスターの説明を聞くことにする。


「貴方がここを去ってから、リナという女の子が預けられたのよ。四歳の時ね」


 シスターは懐かしそうに話してくれていた。

 僕は知らなかった事実に驚きを隠せない。


「貴方に憧れていたのよ」


 そう言って僕を見たシスターの言葉にドキッとする。


「にーちゃん、魔術師になった時、一度だけ報告に来てくれたでしょ? 」

「ああ」


 あの時か。


「リナ、にーちゃんに一目惚れしたんだよねえ」


 ブフッ!!思わず飲みかけたお茶を吹きこぼす。


「きったな!何やってんのー」


 そう言いながらアンは僕の前のテーブルを拭いてくれた。


「アン、だから順番に話を……」


 ふう、と手を頬にやりシスターがため息を漏らした。


「ごめんなさーい」


 アンが謝ると、やれやれ、とシスターがまた話し出す。


「リナは貴方みたいにこの孤児院のために何かしたい!っていつも言っていたわ」


 彼女のあの雰囲気はシスター譲りだったのか、と納得しつつも、彼女が僕を知っていたのは『魔術師団副師団長』の僕よりももっと前からの『僕』だったことを知る。


「それで、孤児院を出てからは城下町の飲み屋で働いていたんだけどね、そこで騎士団長さんに聖女としての資質を見出されたんですって」


 騎士団長……アイルの親父さんか?


「その騎士団長さんに良くしてもらったみたいで。今では国一番の聖女になったのよ」


 それならアイルと接点が合ったのはわかる。


 そして彼女は本当にあの飲み屋で働いていて。


 あああ……とまた自分のしでかしたことを思い出し、自己嫌悪に陥る。


「あのブランコは彼女が贈ってくれたのよ」


 そう言ってシスターは誇らしげに微笑んでいた。この顔は知っている。


 僕が魔術師になったと報告に来たときもこの笑顔で抱きしめてくれた。


「にーちゃんとリナはうちの二大稼ぎ頭なわけ」


 シスターの笑顔にじんわりとしていると、アンが遠慮無しに割って入ってきた。


「で? リナとは出会えた?」

「ええと……」


 遠慮のないアンの質問に、思わず言い淀む。


「リナは聖女になれて喜んでたんだよね。にーちゃんに一歩近づけたって」


 どうやらアンと彼女は頻繁にやり取りをしているし、この孤児院には僕よりも顔を出しているらしい。


「立派になったら会いに行きたいって言ってた。もう国一番の聖女なんだから会いに行ったかなあって。最近、連絡無いからさ」


 忙しいのかな〜とアンは言ったけど、彼女は僕との約束を守って、本当に誰にも話してなかったんだと知る。


 彼女一人に我慢をさせて。なんて最低なんだ。


「レイン、リナと何かあったのね」


 僕の表情を察し、シスターが優しく言った。

『リナと会えたか?』というアンの質問ではなく、『何かあったのか』と。


 僕の表情一つで、彼女とはすでに出会い、しかも何かあったのだと察するのだから、流石だ。


「え! にーちゃん、リナと知り合いなの?」


 グイッとくるアンをシスターが制し、


「話したくなければ良いのよ」


 そう言ってフワッと笑った。

 

 この泣きたくなるような笑顔。

 僕は彼女を思い出した。


 そして。僕は彼女との出会いや婚約までの流れ、嘘をついていたこと。そして昨日僕がしてしまった過ちを全てシスターに話した。



◇◇◇◇


「………にーちゃん、最低だね!」


 ズバッとアンに刺され、僕は落ち込む。


 人に改めて言われると、落ち込む。


「そのエリーズって人とのことは残念だったけどさあ、それ、リナに関係ないじゃん!」


 ……まさにそのとおりである。ぐうの音も出ない。


「あーあ、リナ、にーちゃんに愛想つかしちゃったかなあ。」


 グサグサ。


 アンの容赦ない言葉が次々に浴びせられる。


「私が中に入ったげよーか?」

「これは二人の問題ですよ」


 名案!と言わんばかりの顔で言ったアンに、静観していたシスターが口を開いた。


「えー、でもシスター。その部隊長? にリナ取られちゃうじゃないですか。」

「ん?」

「だからー、にーちゃんがいくら残念な根暗でも、私にとってはヒーローなわけ。」


 残念な根暗……妹と思う子にそう思われていたことにショックを受けつつも、アンが僕を思ってくれていることはわかった。


「リナも、私にとっては大事な妹だよ!だから、二人には幸せになって欲しいって、ずっと思ってたんだから!」

「アン……」

「リナがにーちゃんを想っていたのは確かだよ! 私が保証するもん! リナには報われて欲しいよお!」


 まるで子供のように。アンが涙目で訴えてきたので、僕は自分がなんて情けないんだと思いつつも、優しい妹に感謝をした。

 

 そしてアンの言葉からは彼女が僕を昔から想ってくれていることも伝わってきた。


 彼女の言葉を聞こうとさえしなかった僕は猛省した。


「よし! にーちゃん、リナを取り返しに行こう!」

「いやいや、そもそも取られてないし。むしろ彼女は僕の顔を見たくないかもだし」


 そんなことを言えばアンは怒って頬を膨らませた。


「リナはそんな懐の狭いやつじゃないぞー!」

「さっき『愛想つかしたかなー』って言ったじゃないか……」


 二人でブーブー言い合っていると、シスターが静かに割って入った。


「それに関しては私もアンに賛成よ」

「ですよねー、シスター!」


 うう、僕はこの二人に本当に弱い。


「レイン、大切なことは口にしないと伝わりませんよ? 貴方の大切なもの、取り返してらっしゃい」


 シスターの強い瞳が僕を鼓舞させる。


「砕けたら慰めてあげるよー!」


 バァン、と喝を入れるようにアンが背中を叩く。


 ここまで言われて、動かなければ男じゃない!!

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