第12話 里帰り

 王都の外れの小さな村に、僕が育った孤児院がある。


 魔術師として給料を貰えるようになってからは、孤児院に仕送りをしていた。

 

 必死にここまで来たものの、気付けば孤児院に顔を出したのは一度だけ。後は手紙だけだ。


 何年ぶりだ?


 僕は久しぶりの休暇を使って、孤児院を訪ねることにした。


 今頃指輪が出来ているはずだが、取りに行く気分にはなれなかった。


 簡素な造りの孤児院は、ボロボロだった外観も綺麗にペンキが塗られ、可愛い造りになっている。


 シスターからの手紙で「レインのおかげでついに建物を改装出来ました!」とあったっけ。


 そして敷地内の広場を見れば、ブランコで遊ぶ子供たちがいた。


 ブランコまで!僕がいた頃は無かったなあ。


 遊ぶ子供たちを眺めてつい懐かしさに目を細める。


「あ!レインお兄ちゃん?!」


 遊んでいたうちの一人が僕に気付いて手を振る。

 僕も振り返すと、子供たちが次々にこちらを見て、笑顔で駆け寄って来た。


「元気にしてたかー?お前らーー」


 僕は子供たちの頭を順番にグシャグシャ撫で回した。


 この数年で新しい顔も増えている。


「まあ、レインなの?」


 騒がしい声に駆けつけたのはシスター。

 見ないうちに、顔がシワクシャになっている。


「老けたと思ったでしょ?」


 僕の考えを見透かしたように、シスターがいたずらっぽく笑った。


 変わらないシスターに僕は安堵し、そして促されて孤児院の中に入った。



「孤児院、綺麗になったでしょう?」

「はい」


 中のテーブルで僕とシスターは向かい合い、お互いの近況を話した。


「ふふ。貴方ってば、魔術師団の副師団長にまでなってしまうんだもの」


 そう言って目を細めるシスターは、嬉しそうだ。


「貴方は昔から何でも自分の中で考えてしまって、口に出さないから。心配だったのよ」

「すみません」


 僕のことを一番に知っているシスターには弱い。僕は、シスターの前でなら素直になれるのに……。


「婚約破棄のことは聞きましたよ。言いづらいとはいえ、手紙でさえ知らせてくれないのは水臭いわね」

「あ……」


 エリーズとの婚約を手紙で伝えたものの、破棄したことをシスターに伝えずにいたままだった。


 あれから他の子と婚約したとも言える訳が無い。


 エリーズをシスターに紹介しようと思っていたが、「まだ早い」などと言ってエリーズはそれとなくかわしていた。


 孤児院になんて来たくなかったのだろう。今ならわかる。


 あんな女をシスターに紹介しなくて良かった。

 シスターは僕の母親代わりで。八歳で魔術学園に行くためにここを出たが、僕の家であることに変わりはない。


 僕の魔法の能力を見つけて、魔術学園に通えるように国に掛け合ってくれたのはシスターだ。


 僕がここにこうしていられるのはシスターのおかげなのだ。


「相変わらず、口数が少ないのね」


 ふふ、と笑うシスターに、考え事をしてしまっていた僕はハッとして謝った。


 シスターは「いいのよ」と言って、また笑った。


 この懐の大きい所は彼女に似てるんだよなあ。

 そんなことを考えて、ふと、『僕ってマザコン?!』なんて焦りだした。


「レイン?」

「なっ、何でもないです!」


 不思議そうに僕を見つめたシスターに恥ずかしくなって、益々僕は焦った。


「失礼いたします」


 そう言うと、どこか見たことのあるシスターがお茶を運んできた。


 僕がジーっと彼女を見ると、シスターが気付いて教えてくれた。


「アンよ。立派になったでしょう?」

「アン?!」


 驚いて彼女を見れば、丁寧にお茶を置いていた彼女は一転、明るい笑顔で


「久しぶり! レインにーちゃん!」


 とVサインをして見せた。



 アンは僕より二つ下の妹のような存在で、僕が魔術学園に行くときにはわんわん泣いていた。


「アンかあ。見違えたなあ。」


 アンは木登りが大好きで、いじめっ子を返り討ちにするような、男勝りな女の子だった。


「ふふー。女らしくなったでしょう?」


 ボサボサだった髪の毛はきちんと手入れされ、きっちりと結ばれている。

 所作は……少しガサツながらも、随分女らしくなった。


 まさかアンがここで働いているなんて。


「アンがいるなら安心だな」


 ふふん、と笑って見せれば、


「まっかせといてよ! レインにーちゃんの分もここは守ってみせるから!」


 アンは再びVサインを作ってニカッと笑った。


「ただし、稼ぎの方はお願いしまーす!」


茶目っ気たっぷりの顔で、アンは両手を合せて僕に拝んだ。


「任せろ」


 僕はそんなアンにドヤ顔で答えた。


 そんな僕たちをシスターが温かい笑顔で見守っていた。


 ああ、久しぶりだな。この感じ。

 やっぱり僕自身のためにも顔を出さないとな。


 そんなことを考えていると、アンが急に爆弾を投下して来た。


「そーいえば、レインにーちゃん。リナには会えた?」


 …………………………………………


「は?????」

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