第41話 宰相の策略

「10分だけなら何とかなる」


 副団長であるアイルの力を使って、僕はマリウスも連れて、騎士団の一室に来ていた。


 エリーズやクレマと違い、マゼンタ宰相は地位に配慮され、牢屋ではなく部屋に監禁されていた。もちろん逃げられないように騎士団員と魔術師団員で厳重に監視されている。


 中の監視には外に出てもらい、僕たちは部屋の中に入った。


「おや、お揃いで。何かご用ですかな?」


 中に入った僕たちを一瞥すると、宰相は余裕の顔で僕たちを迎えた。


 初めて見る、白髪交じりの狡猾そうなその顔は、いかにも悪いやつ、といった風貌だ。


 宰相は手だけを拘束されており、ゆったりとソファに座っていた。


「聖女を派遣する件だけど、そう至ったのには、何か掴んでいるからですよね?」


 宰相を睨みつけながら、僕は早速問いただす。宰相はそんな僕を気にも留めない顔で、笑って答えた。


「聖女が取り込まれた話を聞いた時に、私はある仮説を立てた。聖女の浄化する能力ごと、その身を捧げたらどうなるのかってね」


 宰相の不気味な笑顔に、僕は背筋が凍った。アイルは、宰相の言ったことに考え込んだ後、すぐに言葉を発した。


「まさか……、聖女を実験に使ったのか?」


 アイルの恐ろしい言葉に、僕はまさか、と宰相の方を見たが、彼はニヤリと笑うと続けた。


「貴族たちは喜んで娘を差し出したよ。私の役に立てるならってね。聖女たちもまさか自分たちが贄になるとも知らずに向かったよ。フフフ」


 宰相の恐ろしい言葉に、僕は思わず口を押さえた。アイルも今にも殴りそうな自分を押さえているようだった。マリウスは後ろで控えているが、怒りで震えているのが見えた。


「しかし、力の弱い聖女では一時的に侵食を止めることしか出来なかった。だから、孤児院出身の卑しい娘だが、力だけはある彼女に白羽の矢が立った」


 リナを貶める言葉に、僕は黙っていられない。


「彼女を馬鹿にするのは許さない。なら何故、自分の息子と結婚させようとした?」

「そんな所もお見通しか」

「答えろ!!」


 僕たちを嘲笑うように話す宰相に苛立ち、つい僕は声を荒らげてしまう。そんな僕に宰相は、やれやれ、と口を開く。


「決まっているだろう。国を救う栄誉は我がマゼンタ家にとって有利になる。息子の妻が国に貢献して死んだとなれば、我が家を無視できなくなる。まあ、死んでから少しして、王家の娘を息子の妻に要求すれば良いと思っていた」

「……非道な……!」


 後ろで控えているマリウスから声が漏れた。


「我がマゼンタ家に貢献して、国のために死ねるのだから、本望だろう。まあ、その計画もお前たちのせいで台無しだ」


 悪びれもせずに言い放つ宰相に、吐き気がしたが、ぐっと我慢して僕は聞く。


「エリーズと僕を婚約させたのは?」

「ああ、あの強欲な娘は操りやすかった。魔術師団の中に潜り込ませれば良い駒になると思っていたのに。本当に使えない女だった」


 強欲はお前だろ、と言いたい気持ちを我慢する。まだ聞きたいことはある。


「よく喋るな」


 アイルの疑わしい声で、僕も宰相に目を向ける。すると宰相は笑って。


「どうせ最後だからな。何でも話してあげよう。どうせ、あの娘を犠牲にしなければこの国は助からないのだ。私も死罪にはならないだろうからね。この国で幽閉されるにしても、魔物に殺されるのは嫌だからね」


 こいつ……!


「レイン!」


 宰相に掴みかかり、振り下ろそうとした右手をアイルが掴んで止めた。アイルを見ると、首を横に振っていた。それを見た僕は、握った拳を更に握りしめ、下ろした。


「浄化だけで瘴気を抑えられる可能性は?」


 アイルが宰相に目線を落として聞くと、宰相は口の端を上げて笑った。


「私がただ聖女を贄にしていたと? 浄化の力より、聖女そのものを瘴気に取り込ませる方が格段に成果はあった。まあ、浄化する前に取り込まれるのが関の山だがな」

「リナをやった所で瘴気が抑えられるとは限らない!」

「彼女でだめなら、この国は終わりだろう。その時は私も死を受け入れよう」


 そう言って静かに笑った宰相は、終始不気味だった。


「副団長、そろそろ……」


 外の見張りに時間が告げられ、僕たちは部屋を後にすることになった。


「検討を祈る」


 部屋を出る直前、僕たちに言い放ち、最後まで静かに笑う宰相に、僕は言いようのない恐ろしさを感じた。


「聖女の離職が続いていた裏に、こんな恐ろしい事件が隠れていたんですね」


 部屋を出るとマリウスがアイルに言った。


「気まぐれなご令嬢が辞めてしまうことは多いからな。そこを巧みに宰相に利用されてしまったな。宰相なら手続きをどうとでも出来ただろうからな」

「結局、宰相の進めた計画を止める手立ては無いということですね」

「くそっ!」


 マリウスの言葉に悔しくて、僕は壁に手を打ち付けた。

 

 本当に?本当に何も出来ない?


 本当にこの国がリナを犠牲にすると言うのなら、僕は僕の持てる全てを使って、リナを連れて、国外へ逃げる。


 僕はその時、愚かにもそう考えていた。


 第一部隊に僕たち三人が戻ると、リナが待っていた。


「リナ……!」


 僕がリナに駆け寄ると、リナは僕から一歩引いて、静かに言った。


「レイン、私と婚約を破棄してください」


 リナの信じられない言葉に、顔を見れば。


 穏やかに微笑む彼女がそこにいた。

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