第48話 夜明け

 思えば、僕は彼女を何度泣かせてきたのだろう。もう二度と、彼女を泣かせない。リナを幸せにするって決めたのに。


「リナ……」

「レイン」


 聞こえるはずのないリナの幻聴が聞こえる。リナ、最後まで勝手してごめん。


「レイン!!」


 幻聴じゃない!!


 パチッと僕が目を開けると、僕を覗き込む顔が三つ。


「レイン、良かった!」

「レイン!心配させるな!」

「本当に世話が焼けますね」


 リナ、アイル、マリウスの声が同時に僕に降ってきた。


「何で……」


 消耗して動かない身体をアイルが起こしてくれ、僕はリナを見つめた。


「自分で作ったんでしょう」


 差し出されたリボン型のバレッタ。僕がリナにプレゼントした物だ。


「私が呼んだら来てくれるんでしょう」


 リナが涙を溜めて僕を見ていた。


 そうか。リナが呼んでくれたから、バレッタの転移魔法が発動したのか。


「終わったよ」


 アイルの声で、周りを見渡せば。瘴気は完全に消えていた。


「皆無事です」


 マリウスが奥を指させば、戦いでボロボロになった皆が、僕たちを見守っていた。


「レイン含めてね」


 そう言うと、リナは僕に抱きついた。


「レインの馬鹿!! 無茶して!」

「ごめん……」


 ポロポロと涙を溢す彼女の背中を、そっと撫でる。抱きしめたいのに、力が入らない。


「レイン、あのとき諦めたでしょ?」

「ご、ごめん」

「もっと自分と私たちを信じてよ」


 まだ涙を溢す彼女が僕を睨んで言った。


 本当にね。僕、いつまでたってもダメだなあ。


「ごめん、リナ。許して」

「許しません!」

「えっ……」


 焦ってリナを見上げれば。リナは満面の笑みで。


「一生かけて償ってください!」


 重なるリナの唇。リナの涙が、頬をつたって来て、しょっぱい。


「本当に、無事で良かっ……」


 リナはまた泣いていた。僕は「ごめん」とひたすら繰り返していた。


「リナ、もう二度と泣かせない」


 リナを見つめて、今度は僕からキスをした。


「あれ? リナ、癒しの力使った?」


 急に身体が動くようになったので、リナに聞くと、リナも不思議そうに自分の手を見ていた。


「力は使い切ったと思ったんだけど……今の…キ…」

「キ?」

「キ……キスの……」


 リナは途中まで言って俯いてしまった。どうやら融合の力が働いたみたいだ。この力はまだまだ解明が必要だ。僕の研究心がうずく。リナは嫌がるだろうけど。とにかく。


「僕たちの愛の力ってことだね!」


 僕は嬉しくなってリナを抱きしめた。リナも僕を抱きしめ返して、「そうですね」と言った。


「もしもーし、そろそろ良いですかー?」


 呆れた声で僕たちの横にいたアイルが言った。


 忘れていた。


「怪我人もいるし、王都に帰るぞー。まあ、二人きりでいたいなら、まだここにいていいけど」


 アイルがヒラヒラと手を振り、後ろにいた皆の方に向うと、皆から笑いが起きた。


 あ、皆もいたね。


「〜〜?!!!!」


 その日、僕は声にならないリナの叫び声を初めて聞いたのだった。



「これ、壊れちゃった。ごめんね」


 帰りの馬車でリナがバレッタを僕に見せて言った。


 帰りは皆に冷やかされながらも、僕たちを馬車に二人きりにしてくれた。


 バレッタを見れば、ピンクの石が割れていた。


 これはもう転移魔法も発動しないな。


「これはもう必要ないかな」


 僕はバレッタを取り、ポケットにしまうと、リナの手を握りしめた。


 不思議そうな顔をしているリナの隣に僕は座り直す。


「だってこれからはずっと隣で僕がリナを守るからね」

「ずっとは無理でしょ?」

「え!!!!」


 渾身の決め台詞をリナに否定されて僕はショックを受ける。そんな僕を見て、リナはクスクス笑っていた。


「レインは魔術師団の副師団長、私は聖女。お互い、成すべき仕事があるでしょう?」


 笑顔でそう言う彼女は、どこまでいっても彼女だ。そこが尊くはあるのだけど。


「君、聖女の前に僕の婚約者でしょ!」


 そう言って拗ねてみせれば、リナは「もう」と言って、僕にキスをした。


「もう婚約者じゃなくて、奥さんですよ?」

「そうだったね」


 それから、お互いに笑い合うと、再びキスをした。


「奥さんなら、もう遠慮しなくて良いよね? これからは覚悟して」


 唇を離して、僕はリナに微笑んで言うと、リナは赤くなりながらも、笑った。


「いつものレインだ」


◇◇◇


 拠点地で師団長が派遣してくれた魔術師たちにより、僕たちは一気に王都近くまで転移し、その日のうちに帰還した。


 馬車が王城近くまで行くと、多くの民衆が歓声で迎えてくれた。


 団長や師団長も入口で笑って迎えてくれていた。


 馬車を降りると、聞き慣れた声がした。


「リナ! レインにーちゃん!」

「アン!!」


 僕たち二人に飛びついて来たアンを抱きしめる。


「私が孤児院を代表して来たんだ。本当に無事で良かった!!」


 めずらしく涙を見せて笑うアンに、僕たちも泣いた。


「アンのお守りのおかげだね」


 リナがお守りを出して笑う。僕もお守りを出そうとして……


「あれ? 無い!」


 どこのポケットを探しても無い。


「レインにーちゃーん? なくしたの〜?」


 アンが怖い。


「きっとアンのお守りがレインの身代わりになって守ってくれたのね」

「そんなヤバかったの?」


 リナの言葉にアンは大人しくなった。そしてすぐに、笑顔になった。


「レインにーちゃが無事だったならいっかー!」


 くしゃくしゃの顔で笑うアンの頭を、僕はグシャグシャと撫でた。


「あ……」


 アンが奥の方に目線をやったので、その先を辿ると、マリウスが騎士団長に挨拶をしていた。


「行って来い」


 僕はアンの背中をそっと押し、彼女にそう言えば。


「でも……」


 アンは躊躇っているようだった。こんな女の子らしいアンはめずらしくて可愛い。マリウス、やるな。


「アン、騎士団はこれからだって命の危険はあるのよ?」


 リナがアンにそう言えば、アンはしばらく考え込んだ。


「アンが砕けたら、僕が慰めるよ」


 いつか言われたアンの言葉。それを聞いたアンは、笑った。


「約束ね!」


 僕にそう言って笑ってみせると、アンはマリウスの元に走り出した。


「砕けないと思うけどね」


 リナはそう言って微笑んでアンを見送っていた。


「僕もそう思う」


 リナに同調してから、僕は彼女に向き直った。


「じゃあ、次は僕たちの結婚式だね」


 それを聞いたリナは幸せそうに笑って頷いた。

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