第19話 Sideリナ③

 レインさんがまた家に来てくれるようになって数日。お互いの素性も明かし、嘘じゃない穏やかな日々。


 あれから孤児院時代の話もお互いにして、私はレインさんがずっと好きだったことを先に知られていて恥ずかしかったけど、レインさんが幸せそうに微笑むので、それだけで胸がキュッとなってしまった。


 最近、レインさんが可愛くて困る。


 こんな私に独占欲をむき出しにしてくれて、キス……も沢山してくれるようになった。


 レインさんの心からの笑顔をやっと見られているのが嬉しい。婚約発表も結婚もまだ先だけど、このまま穏やかに過ごしていけたらと思う。



 あの日、レインさんが婚約破棄をした日。

 

 レインさんの婚約破棄の話は、その日のうちに騎士団内にも広まっていた。


 お相手だったエリーズ様が皆に言いふらしているのが原因だということは同じ騎士団にいる私にはすぐにわかった。


「副師団長がそんな人だったなんて」

「聖女様可哀想」


 そんな声が耳に入ってきたけど、私はレインさんがそんな人じゃないとわかっている。


 何があったか私にはわからないけど、レインさんの悪評を流しているエリーズ様が許せなかった。

 かと言って私に何か出来るわけでもなく。


「自分たちがどんなに魔術師団に世話になってるかも知らずに浅はかだな」

「マリウス!」


 心無い噂に胸を痛めていると、後ろから戦友のマリウスがやって来た。


 彼は貴族で第一部隊の隊長でありながら、差別なんてしない、良い友人だ。


 第一部隊は特に実力で上がって来た人たちばかりなので、孤児院出身の私にも皆同じように接してくれる。仲間意識も高く、統制の取れた部隊だ。


 それも彼が第一部隊の隊長であることが大きく関係していると思う。


「副師団長が変わってから、防具の質が良くなって騎士団の戦いにも影響を与えているというのに」


 マリウスは呆れた顔で噂をしていた団員たちの方に顔を向けていた。


 レインさんが副師団長になってから魔道具の研究が一気に進み、私たちには質の良い物が支給されるようになったらしい。それが下積みの団員にも。


「下積み時代の経験から皆を想って研究してくださっているんでしょうねえ」


 レインさん、流石だなあ、と思いながら思わず口に出してしまった。 


 私がレインさんを褒めると何故かマリウスは不機嫌な顔になり。


「人のプライベートのことで噂するなんて下世話だ」


 そう言って立ち去ってしまった。


 何か気に触ること言ったかな?と思いつつ、マリウスがああ言うってことは、第一部隊は大丈夫だろうと思った。


「レインさん、大丈夫かなあ……」


 そう心配した翌日、噂は魔術師団にまで広まっていることをアイル様が教えてくれた。


 アイル様は昨日、レインさんの婚約破棄の手続きに同行していたらしい。


「レインさん、大丈夫じゃないですよね……?」


 そう言ってアイル様に聞けば、アイル様は、はあーと大きなため息をついた。


「あの時、もっと強く止めてやっていれば良かった」


 アイル様はひどく後悔しているようだった。親友のレインさんのことを本当に心配しているのがわかった。

 

 そして、何故婚約破棄に至ったのかを教えてくれた。私が勝手に良いのかな、とも思ったけど、「元々リナのお見合い話だったから」とアイル様が言うので聞かせてもらうことにした。



「………酷い」


 アイル様から事の顛末を聞いた私は、悔しさで涙が滲んだ。

 レインさんが幸せならと良いやと思って涙を流したあの日。


 エリーズ様のしたことが信じられなくて、腹が立った。


 レインさんはどれだけ傷付いただろう。レインさんのことを思うと涙がこぼれ落ちてきた。


「リナ、俺の言ったこと覚えてる?」

「え?」


 ハンカチを取り出して涙を拭っているとアイル様が真剣な顔で言ってきた。


「『アイツが不幸になることがあればリナが奪っちゃえよ』ってやつ」

「ええええ?!」


 あの日のことはもちろん覚えている。でも。


 冗談?と思ってアイル様を見れば、アイル様の顔は至って真剣だ。


「リナ今日、飲み屋の手伝いだって言ってたよな」

「はい」

「レインをそこに連れて行く」

「えええええ!!」


 唐突なアイル様の計画はこうだ。

 『聖女』に幻滅しているレインさんにはまず、『飲み屋の店員』として私と出会わせ、アイル様がレインさんに私を紹介する。


 お見合いみたいな仰々しい物ではなく、『紹介』という形でお互いに知っていき、お付き合いしていけば良い、『聖女』であることは追々話せば良いと。


「いや…、レインさんは婚約破棄したばかりなのに……」


 そう言って躊躇する私に、アイル様は力説をする。


「何言ってんだ!!だからだろ!!今度こそ邪魔が入る前にリナと引き合わせないと、また変な話持って来られるぞ!!」


 副師団長のレインは引く手あまただぞ、と言われれば、私も乗るしかない。


 レインさんを幸せにしてあげたい。

 そしてそれは私の役割でありたいと思っていたから。


「そんな上手くいくかなあ……」

 

 心配そうな私にアイル様はニカッと笑って言った。


「俺にまかせろ!!」


 心配は残るものの、レインさんの親友であるアイル様がそう言うのならお任せしようと思った。


 「あ、そうだ!シスター直伝のスープを作っておこう」


 レインさんに食べてもらおう。そう思うとちょっとウキウキしてきた。


 一度諦めようとした恋。


 今度こそレインさんの近くに行けるかな?


 そんな淡い期待を持ち、私は飲み屋の応援に出掛けた。


 その日、紹介だけのはずが、一足飛びで婚約することになるとは思いもせずに。

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