第27話 討伐とマリウスと

 討伐が始まった。


 今回は火を吹く狼姿の魔物が大量発生しているということで、第一部隊に指令が下った。


 第一部隊は相変わらず統制が取れている。本来なら僕の派遣もいらないくらいだ。


「まあ、仕事を果たしますよ……」


 そう言っても、離れた先のリナの方を見れば、隊長の彼に守られながら浄化作業をしている。


 ……面白くない。


「まあまあ、リナの近くにいられるだけでも良いだろ?」


 不機嫌な顔の僕にそう言って、護衛をしてくれているのはアイルだ。


 副団長自ら護衛とは豪華すぎる。


 それだけ、僕の今回の研究に期待が注がれていることを改めて実感する。


「ソウデスネ」


 僕はまったく心のこもっていない返事をアイルにすると、魔法弾に魔力を注ぎ込んだ。


 これ、他の魔術師だと充填に時間かかるかもな。要改良だ。


 そんなことを考えているうちに、作戦通り、第一部隊が狼の群れを一箇所に追いやっていた。


 すかさず僕は、魔法弾の魔力を放出して群れに向かって撃ち込んだ。


 ドォン、という轟音を立てて魔力弾から放出された魔力が群れにヒットした。その凄まじい威力に、周りは砂煙で視界が薄れた。


「まずいな」


 そう言うと僕は瞬時に風魔法で砂煙を取り除いた。その素早い対応にアイルもヒュウ、と口笛を吹いた。


「流石。現場感覚、鈍ってないのな?」


「体力は落ちたけどね」


 僕は、はは、と笑って答えた。


 視界が晴れた一角は魔物が一掃されていて。それを確認した隊員がリナに合図し、駆け寄ったリナが浄化をする。


 浄化をするリナの周りはキラキラと金色の光が舞い上がる。何度見ても綺麗な光景だ。


「まあ、まずまずかな」

「そんな凄い威力なのに?!」


 僕の魔法弾の評価に、アイルは驚いていた。研究を褒めてくれるのは、素直に嬉しい。


「改善点がまだあるよ」


 僕がそう言えば、「そうか、凄いな」とアイルはまだ驚いていた。


「次の討伐までにまた改善してくるさ」

「無理はするなよ、仕事人間!」

「お互い様だろ……」


 僕は笑いながらも、正直、ちょっと無理はしていた。


 この討伐をねじ込むために他の仕事を放ったらかすわけにもいかず。


 他の仕事をこなし、研究も進めて、討伐に参加。

 

 はっきり言って寝不足だ。


 でも彼女との食事の時間が癒やしで。


 今も離れているとはいえ、彼女を見守ることが出来て良かった。……面白くないけど。


 第一部隊は王都周辺の討伐を担っているので、日帰りでの任務が殆どだ。


 万が一にも王都に魔物が現れたら、第一部隊が一番に対処出来るように、そういった配置がされているらしい。


 リナが隊員たちと泊まりで遠征なんて耐えられないので、リナが第一部隊で本当に良かった。


 ……ちなみに第一部隊以前の所属のことは考えないことにしている。


 一度、そのことでリナに嫉妬を露わにした所、「過去の私のことで嫉妬するの禁止!」と約束させられたからだけど。


◇◇◇


「お疲れ様でした!!」


 討伐を終えて無事に王都に戻って来た第一部隊は騎士団駐屯地で解散となった。


 アイルと次の討伐について話していると、隊長がこちらにやって来たので、何か文句があるのかと、つい身構えてしまった。けど。


「副師団長殿、今日の魔法弾、素晴らしかったです」

「へ?」


 予想もしなかった言葉に、僕はポカンとしてしまった。


 彼は至って真面目で。


「あれが実用化されれば、多くの隊が助かることでしょう。」


 彼も、現場の人間だ。部下を心配し、騎士団皆の安全に心を砕いている。彼の発言を聞けば、そのことが良くわかった。


「それで、あれは魔術師への負担は無いのでしょうか?」

「ああ、それは改良をするから大丈夫……」

「それなら良かった」


 魔術師の心配までする彼に、僕は彼の本質を見た。


 リナから、彼は出自などを気にせず、仲間を大切にする人だと聞いた。その時の僕は、彼を褒めるリナに嫉妬をしただけだったけど。


 今になって、リナの言うことがようやくわかった。彼もまた、アイルと同じなのだと。皆を一人の人間として見てくれる。


 ……リナのことが無かったら仲良くなれたんだろうな。そう思うと、可笑しくなってきた。


「副師団長殿?」


 口元が緩んだ僕を見て、彼は訝しげに見てきた。


「いや、ありがとう。もっと精度を上げて、現場での戦いを楽にしてみせるよ。それから……」


 僕は彼を真っ直ぐに見てお礼を伝えると、自分でも不思議なくらい穏やかに笑って言った。


「僕のことは、レインでいいよ」


 そう言うと彼は驚いた顔で固まった。

 

 その顔を見れば、何か悩んでいるようだった。魔術師団の副師団長であると僕と、一隊の部隊長である彼。僕の方が立場が上だからだろう。


 どこまでも真面目な彼が何だか可笑しくて、僕はついに吹き出してしまった。


 そんな僕を見て、彼は不思議そうに見ていたけど、やがてコホン、と咳払いをして。


「では、自分のこともマリウスと呼んでください」


 と言った。それが何だか無性に嬉しくて。


「次もよろしくね、マリウス」


 笑顔で彼に手を出せば、


「次も来るんですか」


 変わらない憎まれ口で返しながらも、マリウスは僕の手を取った。


 それが可笑しくて、僕はまた吹き出してしまう。


 彼はムッスリとした顔で、笑う僕を見ていたけど。口元が緩んだのを僕は見逃さなかった。


「何か、仲良し……?」


 着替えを終えたリナが、いつの間にか僕たちの後ろでポカン、と立っていたので、マリウスは慌てて僕の手を離した。


「仕事の時以外、リナを守るのは僕の役目だから」


 そう言って僕がリナの肩を抱き寄せれば、リナはとても照れた顔で僕を見上げ、マリウスはムッとした顔で僕を見た。


「僕は婚約者だからね」


 討伐前の仕返しを込めて、僕はマリウスに言った。


 あの時とは違う気持ちで。


 マリウスにもどうやら届いたようで。その顔は晴れ晴れとしている。


「リナに何かあったら許さない」 


 その一言だけ僕に言った。


 僕もしっかりと頷いて返した。

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