第29話 聖女か婚約者か

 何回目かの討伐。魔法弾を改良して使いやすくしてみた。今日は他の魔術師が使いやすいかの実験だ。


「副師団長の研究のお役に立てて光栄です!」


 そう言って目を輝かせていたのは、ノーマンというニ年目の若手魔術師だ。


 若手が使いこなせてこその普及だと僕は思うので、今日の検証はかなり重要だ。


 第一部隊の騎士たちが魔物に応戦している中、後方の方で僕たちはタイミングを図っていた。


 ちなみに今日の護衛は第一部隊の騎士だ。アイルも副団長として忙しいので、しょっちゅう僕に付き合える訳ではない。それでも第一部隊の隊員なら充分な護衛だ。


「まもなく、魔物を一箇所に追いやります」


 護衛の騎士が、作戦を見守り、ノーマンに教える。


 新人は判断が遅いけど、部隊の隊員がそれを補佐してくれるので、問題は無い。


 第一部隊に配属される魔術師なら、作戦を理解し、自分で判断して動けて当然だが、それを彼に求めるのはまだ早い。それは実戦をこなしてもらうとして、今日は魔法弾のテストだ。


 ノーマンが魔法弾に魔力を充填していく。


 改良したので、新人でも素早く充填が出来た。


「今です!」


 隊員の合図と共に、ノーマンが魔法弾を魔物に向かって打ち出した。


 放出された魔力は、魔物に向かって一直線に……行かなかった。


 コントロールの問題か!!


 そう思った瞬間、少しそれて、魔法弾の魔力は魔物の群れに衝突した。


 衝突した魔物は三分の二くらい。まずい!そう思った瞬間、僕は魔法弾をノーマンから奪い、魔物に向けて打つ。色々な予測の上、サポートをする準備は整えていた。


 僕の撃った魔法弾は見事魔物に直撃し、近くにいた隊員も消滅を確認したので、ホッと胸をなでおろす。


「副師団長、申し訳ございません……」


 横を振り返ると、ノーマンが青い顔してこちらを見ていた。


「いや、こちらも申し訳なかった。改良が更に必要だな」


 ノーマンのせいではない。僕の研究が不全なせいだ。それでもまだノーマンは浮かない顔をしていたので、僕は話題を変えることにした。


「魔法弾の使い心地はどうだった?」

「使いやすかったです!魔力も込めやすくて……!」

「それそれ。僕、そういう現場の声を聞きたかったんだよね」


 そう言って笑えば、ノーマンはようやく安心した顔を見せた。


「何だ?!」


 僕たちがそんなやり取りをしていると、先程魔物を倒した場所から隊員たちの声が上がった。


「どうしたの?」


 すかさず護衛の隊員に聞けば、彼は先程魔法弾を撃ち込んだ場所を指差して言った。


「魔物を倒した辺りが黒く渦巻いています……!」


 彼の指差す方に目をやれば、禍々しいほどの黒いモヤがその場から立ち上がっていた。


 騒然とする第一部隊と僕たちを他所に、そのモヤは段々と立ち上り、そこからまた魔物が復活してきた。


「何だと?!」


 こんなことは初めてで。全員が驚いていた。


「全員、隊列を組み直せ!!」


 瞬時にマリウスの命令がこだました。


 当のマリウスは、リナを守るようにして、復活した魔物のすぐ側にいた。


 その後ろでリナは浄化をしている。


 どうやらまだ浄化されていない場所から魔物が復活しているようだった。


 リナーーーー


 そう思ってリナの方に行こうとすれば、隊員から静止されてしまった。


「危ないです! 隊長にお任せください!」


 しかし、そのモヤからは先程倒した数と同等の魔物がどんどん出て来ていた。流石のマリウスでもリナを守りながらなんて厳しすぎる。


 他の隊員とはそのモヤを挟んで分断されてしまっていた。


隊員を振りほどき、僕は行こうとするも、「危ないですから!!」と言って動けない。


 騎士に力では敵わない。僕はやむを得ず転移魔法を発動させる。


「ノーマン、危ないからここから動かないように。必要なら後方から援護を!」


 そう言ってノーマンに魔法弾を手渡すと、僕は護衛の隊員ごと、リナの元に転移した。


「えええーーー!」


 隊員の悲痛な声に申し訳なくなったが、そうは言ってられない。


「君はマリウスの指示を聞け!」

「はい〜……」


 諦めた隊員は情けない声でマリウスに加わった。


「何で来た!!」


 すでに魔物に応戦していたマリウスが剣を振るいながら叫んだ。


「僕を誰だと思ってるのさ」


 副師団長専用のローブをクイッと持ち上げてマリウスに見せると、彼はニッと笑って。


「リナを頼んだぞ!!」


 僕にリナを託してから、魔物に向き直った。護衛隊員も剣を抜いて応戦する。


「レイン……」


 この一帯を浄化し終えたリナが驚いてこちらを見ていた。


「リナ、僕の転移魔法でここを離れよう」

「ダメ! あの魔物を倒したらすぐに浄化しないと……!」


 リナは聖女の仕事を全うしようとしていた。でも。


「君に何かあったら、耐えられない」

「でも、私は聖女なの!!」

「聖女の前に、君は僕の婚約者だろ!!」


 彼女を心配するあまり、つい僕は声を荒らげてしまった。


 彼女はグッと言いたいことを押し殺して黙った。


 僕たちが言い合っている間にも、マリウスと第一部隊は魔物を挟み撃ちする形で魔物に圧されながらも、何とか倒していっていた。


 リナを安全な場所に転移させて、魔物の消滅を確認したらまた転移して戻って来る、そういう案を考えたが、今の二人分の転移で、意識が少しクラリとしていた。最近の寝不足が祟っているのは間違いなかった。


 攻撃なら何とかなるか?リナを後ろに、僕は魔物に向き直る。瞬間。


 ドォン、と急に音をあげて魔物に攻撃が当たるのが見えた。


 ノーマンだ。すぐにそう思った。


 先程のズレを修整して見事魔物の群れに直撃させていた。囲んでいた騎士たちも無事だ。


 あいつ、やるじゃないか!!


 そう関心しつつも、ノーマンの威力では全滅は難しいだろうと、僕はすかさず攻撃魔法を畳み掛けた。それに合わせて第一部隊の騎士たちも残りの魔物に総攻撃し、その場は沈静された。


「リナ!!」


 マリウスの掛け声と共に、リナは僕の後ろからするりと抜けて、駆け出して行った。


 聖女である彼女と僕の婚約者である彼女。どちらも尊いものなのに。


 浄化する彼女の光をぼんやりと見ながらも、僕は何だか寂しい気持ちになってしまった。


 そしてーー、視界がグニャリと歪んで、僕は意識を手放してしまった。

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