第6話 愛は育むもの
「いらっしゃい」
仕事終わりに、彼女のアパートに行くと、エプロン姿の彼女が笑顔で僕を出迎えてくれた。
僕は週に数回、仕事の後に彼女の家で食事をするようになっていた。
彼女も飲み屋の仕事があるので、お互いの都合を合わせている。
それ以外はお互いのことを未だに話していない。それは僕が「婚約を隠したい」と言ったから、彼女も遠慮しているのかもしれない。
彼女からは僕を探るような言動は無く、ただ美味しい食事を用意して笑顔で待ってくれている。
そんな何も言わない彼女に僕も甘えていた。
「美味しい……」
テーブルにつき、彼女が作ってくれたビーフシチューを頬張ると、僕は思わず顔を綻ばせる。
「ほんと? 嬉しい」
彼女が嬉しそうに笑うので、僕もつられて嬉しくなる。
可愛い……
あれ?!何だ、これ。
最近の僕はおかしい。
僕は感じたことのない気持ちに戸惑っていた。
彼女と過ごす、この緩やかな時間が心地良くて、癒やされていくのがわかる。
「僕の育った孤児院では年に一度、建国祭の時にだけビーフシチューが出たんだ。僕はそのビーフシチューが楽しみで……」
心地良すぎて、つい僕は孤児院育ちなことをポロッと言ってしまった。
しまった……
そう思って彼女の顔を見れば、彼女は変わらない笑顔で僕の話を聞いていた。
その笑顔に泣きそうになる。
「魔術師になるのに努力してきたんですね」
そう言うと彼女は立ち上がり、テーブル越しに僕の頭を「えらい、えらい」と言って撫でた。
自分よりも四つも歳下の彼女に撫でられているのに、僕は嫌じゃなかった。
むしろ、心地良い。この優しい時間がいつまでも続けば良いのにな、とさえ思った。
こんなにお互いのことを話していないのに、彼女の人となりは一緒に過ごしていればわかる。
アイルの言うことはやはり正しいのかも、と思った。彼女を紹介してくれた彼と一刻も早く話がしたくなった。そして。
「ねえ、君、明日は休みなんだよね?」
リナ、と名前を呼ぶのが気恥ずかしくて、僕は未だに『君』と呼んでしまう。
「はい。そうですよ〜」
彼女は食べ終わった食器を楽しそうに洗っている。その端から僕は洗い終わった食器を風魔法で乾かしていく。
それを見て彼女はまた嬉しそうに笑うのだ。
ある日、いつも食事を作ってくれる彼女に片付けくらいは、と申し出たら、「レインさんは魔術師として国民のために頑張っているんだから」と言って座らせられた。
僕は現場なんて殆ど行くこともなく、ほぼ研究室に籠もっている。何だか悪い気がした。
そんな罪悪感を少しでも払拭するために、彼女が洗う食器を風魔法で乾かせてみせると、彼女は「凄い!」と目を輝かせて喜んでくれた。
それからは食器を乾燥させるのは僕の仕事として任せてくれている。
ああ、彼女にはずっと笑っていて欲しいな。
そんな感情が僕を支配する。
「明日、デートしない?」
「え……?」
突然の僕の申し出に、彼女の瞳が大きく見開いた。
そりゃそうだよね。僕たち、この部屋で食事するだけだったもの。
「指輪……、選びに行かない?」
恥ずかしくて思わず俯いて言ってしまった。
このままで良いとは思っていない。やはり何か形で彼女に示したいと思った。そして、指輪が出来たら、彼女に本当のことを何もかも話そう。僕はそんなことを勝手に思ったのだ。
「…………」
「…………」
沈黙が続いたので、僕は不安になって、恐る恐る彼女を見た。
「嬉しい……」
顔を真っ赤にして、少し涙ぐんだ彼女は絞り出すような声で言った。
そんな彼女に僕は胸を締め付けられた。僕は彼女を不安にさせていたのだ。いつも笑って、僕を受け入れてくれていた彼女に急激に申し訳なくなった。
「ごめん……ありがとう」
そんな彼女を僕はとても愛しく思った。
彼女の手を引いて、自分の元に寄せて抱きしめる。
「レインさん……?」
彼女は心配そうな声を出した。そんな彼女を心配させないように、きつく抱きしめる。
初めての抱擁に胸がドキドキした。彼女は嫌じゃないだろうか?婚約者だから大丈夫だよね??
そんなことを思っていると、彼女も僕の背中に手を回して、ぎゅっと抱きしめ返してくれた。
幸せだ。
僕は生まれて初めて味わうこの感情を、未だ持て余していた。
こんなにも彼女に惹かれているというのに。
「じゃあ、また明日」
「はい」
別れがたい想いを押し込めて、僕は彼女から身体を離した。
『また明日』という約束がくすぐったくて、待ち遠しい。そんな温かい想いを抱えて僕は帰路についた。
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