第7話 初めてのデート

「早く着きすぎたかな……」


 次の日、柄にもなく家を早く出た僕は、待ち合わせの広場まであと少し、という所で足を止めた。


 「あ、ついいつもの格好で来ちゃったけど、もっとお洒落した方が良かった?」


 僕は自分が思うよりずっと浮かれていたようだった。


 そんな激しい独り言に周りがチラチラと見ていく。はっと我に返り、彼女との待ち合わせの広場まで足を進めた。


 すると、彼女は僕よりも早く着いていた。いつもと違う、レースの付いた可憐なワンピース、いつも後ろで結わえていた赤茶色の髪の毛はおろされている。


 ……可愛い。

 いつものエプロン姿も好きだけど、僕のために着飾ってくれた彼女が愛おしい。


「レインさん……!」


 見惚れていた僕を見つけるなり、弾んだ声で彼女が僕の所まで駆け寄ってくる。


 「早いね」

「楽しみすぎて早く起きちゃいました」


 照れたように笑う彼女を思わず抱きしめたくなる。街中だから我慢したけども。


 「僕も」とボソッと言うと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。そして彼女の手を繋いで歩きだすと、彼女は赤くなり、幸せそうに笑っていた。


 それから僕たちはお店に入って食事をした。


「美味しい」


 と幸せそうに食べる彼女を見て思わず言ってしまう。


「君の料理の方が美味しいよ」

「そういうことはお店で言っちゃダメです」


 怒られた。

 でも彼女のプクッとした顔はすぐに消え、「ありがとうございます」と言って嬉しそうに笑った。

 

 それから街のお店を見て回った。僕はいつも目的のあるお店しか立ち寄らないので、色んなものが新鮮に見えた。


 彼女もずっと笑って横にいてくれている。

 そんな時間が幸せでたまらない。


 そして二人で色んなお店を見て回ったあと、宝石店にやって来た。


 この宝石店は魔術師団がお世話になっている店で、信頼も出来る。


 僕たち魔術師が騎士団に依頼されて、魔法付与を行う防具等を扱っているのだ。


 僕も研究のためによく利用している。

 もちろん、宝飾品なんかも扱っていて、細工の美しさでも定評がある。


「レ、レインさん、こ、こんな高級そうなお店……」


 彼女が珍しく青ざめているので、しまった、と思った。


「ま、魔術師の先輩に教えてもらって。僕たちの防具もここで依頼しているらしいから」


 魔物を討伐する騎士団は国としても重要な機関なので、国からは騎士団に基本的な物はきちんと支給される。

 それでも効果の高いものは高額なので、昇進すると、皆自分の給料で効果の高いものに変えていく。


 アイルには副団長になったお祝いに、攻撃力と魔法防御力が高まる魔法を僕が腕輪に付与してプレゼントしたっけ。

 

 とは言え、まあ普通の人は中々来ないだろう場所である。「そうなんですね」という彼女の手を引いて、僕は中に入った。


 「いらっしゃいませ」


 中には顔馴染みの店主がいたけど、僕は事前に「初対面のフリをして欲しい」と頼んでおいた。


「婚約指輪を見せてください」

「かしこまりました」


 初対面のフリをするのは僕も同じで。辿々しい僕よりも店主の方が数倍フリが上手かった。幸いにも彼女は気にしている素振りも無かったけど。


 色とりどりの石が付いた指輪が運ばれてくる。


 彼女に似合う物は華奢で可愛らしい感じの物だよな。顎に手をおき、考え込む。


「これは……?」


 そう言って彼女が指を指したので、その指輪を見ると、漆黒の石がはめられたシンプルな物だった。


「それは珍しいブラックダイヤモンドをあしらった指輪でございます」


「私、これが良いです!」


 店主の説明に彼女が声を弾ませる。


「いやいや、君にはもっと華やかな……」

「ダメですか?」


 彼女に上目遣いで見上げられて思わずうっ、となる。


「いや、こんな地味……シンプルな物で良いの?」


 もっと見なくて良いのかと、僕が慌てて聞く。


「レインさんの髪と、瞳と同じ綺麗な色です。私、これが良いです」


 そう言って、指輪に付いた漆黒の石を愛おしいそうに見つめる彼女に僕は顔が赤くなるのを感じた。

  

 それと同時に、自分の髪や目の色の宝石が付いたアクセサリーを男が送るのは独占欲の証だということも思い出した。


「……独占欲出して良いんですか」


 顔を赤くしながら彼女に問いかければ、彼女も気付いたようで、顔を赤くして。


「ぜひそうしてください」


と俯いて答えたので、僕はまた抱きしめたい衝動を我慢することになった。


 「じゃあ外で少し待ってて」


 指輪は、彼女の指のサイズを測り、直すことになった。「支払いを済ますから」と言って彼女に外に出てもらう。支払いだけが目的ではないからだ。


「その石に魔法付与をかけていくから」

「かしこまりました」


 店主が指輪を差出し、僕は彼女を守ってくれるように、防壁の魔法をかけた。


 城下町に住んでいて、騎士団も機能したこの国では不必要な物かもしれないけど、何があるかわからない。


「アーシュター様、何故そんなに大切にされている方に身分を隠されているのですか?」


 店主とは副師団長になってからの付き合いで、研究のために僕のわがままにも付き合ってもらっている仲なので、痛い所を遠慮なく突いてくる。


「この指輪を渡すときに全部話すさ」


 そう答えた僕に店主ははあ、とため息をつき忠告をした。


「私の経験上、大切なことほど早くお伝えした方が良いと思いますけどねえ」


「う、うるさいな」


 そう言って僕は店主の忠告を聞き流した。アイルの時もそうだけど、僕は本当に人の意見を聞かなすぎな奴だと思う。


 指輪が出来たら、なんて悠長なことを思っていた僕が浅はかだったんだ。

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