第17話 届いた想い

「目が覚めました?」


 目が覚めると、彼女の顔が覗き込むようにして真上にあった。


 研究室で倒れた僕は、そのまま床に寝そべっていた。彼女の膝枕で!!!!


「ご、ごめん」


 急いで身体を起こす。


 身体が軽い。

 

 そうか。僕は唐突に理解する。


「大丈夫ですか?」


 心配そうに覗き込む彼女の手を僕は握りしめた。


「あの日、出会った日も、二日酔いにならないように僕に癒しの力を使ってくれたんだよね?」


 そう彼女に問えば、彼女は小さく頷いた。

 

 やっぱり……。あの時点で気付けたことなんだ。

 なのに僕はその可能性を考えもしなかった。


「嘘をつかせていたのは僕のせいだ。本当にごめん……」


 彼女の手を強く握りしめると、もう片方の手を僕の握りしめている手に重ねて彼女は言った。


「私の方こそ、レインさんに嫌われるのが怖くて、聖女であることを伝えられなかったんです……ごめんなさい」


 彼女は謝ることなんて何一つない。申し訳無さそうにする彼女に僕の胸は痛んだ。


「悪いのは全部僕だから……」


 そう言い切る前に彼女の声が響いた。


「あーーー、もう! この話は終わりです!」


 彼女の大きな声を初めて聞いた気がして、僕はびっくりした。


 いつもの落ち着いたふんわりとした印象とは違うものの、いつまでもウダウダ言う僕に、キッパリとした彼女の言葉にドキドキする。

 

 違う一面を見せてくれた彼女を可愛いと思ってしまう。


 僕は重症だ。


「過去の話じゃなくて、未来の話をしませんか?」


 そう言って彼女は左手を上げて、僕がはめた指輪を見せた。


 その笑顔がいたずらっぽくて、年相応に感じられた。


 僕はそんな彼女の魅力さえ押し殺させてしまっていたのだと反省した。


「お返事は?」

「はい。婚約者殿?」


 そう答えれば、彼女はふふ、と満足そうに笑った。


 そんな彼女が愛しくて。


 さっき倒れて未遂で終わってしまったキスを、再び彼女に。そう思って彼女に顔を近付けた。


 彼女は顔を赤くして、目をぎゅっとつぶった。そんな姿に更に愛おしさが募る。


 彼女の唇まであと一センチ。


 その時だった。


「何してるんだ?!?!」


 師団長の素っ頓狂な声が降ってきた。


◇◇◇


「レインの新しい人生にカンパーイ!」


 あれから。慌てふためく師団長に僕たちは赤くなりながらも何とか説明し、訓練中だったアイルにも説明してもらうため、連絡を取り、リナの勤める飲み屋に皆で集まった。


 リナは聖女として王宮によく来ていたため、師団長とも顔見知りだった。


 ……僕だけ彼女のことを知らなかったなんて面白くない。引きこもりの自分が悪いのだけど。


「しかし、シュクレンダ家が割り込んできていたとは。すまなかったな」

「ホントですよ。あの時は焦りました」


 師団長とアイルがビールを交わしながら話しているが、それに関しても僕は初耳だった。


 何で僕だけ何も知らないんだよ、とちょっといじけてしまったが、全部僕と彼女のためにアイルが動いてくれていたことなので、何も言わないことにした。しかも元騎士団長まで手を回そうとしてくれていたなんて。


 リナは大切にされているんだなあと思った。

 そしてそんなリナを親友は僕に託そうとしてくれていた。それなのに僕はあんな体たらくで……。


「まあ、結果オーライだな!!」


 そう言って師団長はガハハ、と笑うので


「そんな適当な……」


 と僕は呆れた。


「いや、でも本当に良かった。お互いまだ話をしていなかったなんて驚いたぞ」

「ごめん……」


 アイルはリナから事の顛末を聞いて驚いたそうで、直ぐに仲直りするように仕向けてくれた。

 

 アイルがあのアイテムをリナに渡してくれたからこそ、僕の気持ちがちゃんと伝わったのだと思う。感謝しかない。


「聖女に敏感だったから、最初の出会いはまあ、仕組んだのはこっちだけど……。流石に俺が遠征行っている間に話したかと」


 アイルには色々気を使わせていたみたいで申し訳ない。


「僕のせいで色々あったけどさ。アイル、彼女に出会わせてくれてありがとう」


 とにかく。僕は一番アイルに伝えたかったことを言葉にした。


「レインさん……!!」


 隣で彼女が目に涙をためて感動しているのが見えて、僕まで泣きそうになった。


 そんな感動の中、師団長が「あ、そうだ」と声をあげた。


「お前らの婚約な、もうちょっと秘密にしとけな」

「はあ?」


 師団長の言葉に僕は思わず不快感を表す。


 やっと彼女と想いを通わせられて落ち着いたのに?


「僕が婚約破棄したばかりだからですか」


 また僕のせいで彼女に我慢を強いるのかと腹立たしくなり、そんな思いが声色に出る。


 「それもあるけどなー……。エリーズとの婚約は宰相も推してたのは知ってるな?」


「僕は知らなかったですけどね」


 そうむくれると、アイルはまあまあ、と言いながら師団長に問う。


「それ、俺も気になっていたんですが、何故宰相がシュクレンダ家を?」


 男爵家程度の家を魔法師団副師団長の婚約者に何故?という疑問がアイルにはあったらしい。


 僕はそんな貴族間のやり取りはよくわからないけど。


「それな、俺はお前らがレインに『聖女』との婚約を進めようとしてた時に名前を知らなかったから、宰相がエリーズで進めて来た時に、そうだと思ってしまった」

「慎重に進めようとしていたのが仇になってしまったとは思っています」

「だが、周到すぎる。俺も疑わなかったわけだし」

「この話を聞きつけ、エリーズと入替えたのが宰相だと?」

「その可能性はある」


 何だか陰謀めいた話になってきていて怖い。


「何でそんなことをする必要があるんですか……」


 彼女もそうですよ、と隣で頷いていた。可愛い。


「リナは今、聖女一の力を持っている。利用したいと思うやつは山程いるだろうよ」


「レイン、リナを守れよ」


 アイルが妹のように思う彼女を僕に託してくれている。


「もちろん」


 僕はその重要性を真摯に受け止めた。

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