第10話 想いはすれ違う

「…………」

「…………」


 無理やり馬車に乗せられた僕たちは、しばらく沈黙が続いていた。


 どういうことだ?アイルは彼女が聖女だと知っていた?彼女も僕のことを知っていた………?


 僕の頭の中はハテナでいっぱいだった。


 目の前の俯いた彼女をちらりと見れば、騎士団とお揃いの白いローブを纏い、髪の毛は後ろに纏めてあり、その髪には僕のプレゼントしたバレッタが留まっている。


 そのバレッタを見て、そっくりさんじゃない、と僕は改めて思った。


「いつから?」

「え……?」


 たまらず僕は彼女に声をかけると、彼女は驚いたように顔を上げた。


「いつから僕を知っていたの?」


 そんな僕の問いに、彼女は答えにくそうにしていた。


「ふーん、僕のこと知ってて、嘘に付き合ってくれてたってこと?」

「………」


 何も言わない彼女にだんだん腹が立ってきて、僕はどうしようもなく恥ずかしくてなっていた。


 指輪が出来たら本当のことを話そうなんて、一人で浮かれて馬鹿みたいだ。


 このとき、自分の都合で嘘をついていたくせに、僕は自分が被害者のような考えでいた。


 本当に最低だ。だから彼女に嫌われても仕方がないんだ。


「何も知らない僕をからかって楽しかった?」


 そんな酷い言葉が出てきてしまった。


「僕が聖女なんて嫌いって言ってたのに、アイルもわざとかなあ?」


「アイルさんは関係ありません……!私がアイルさんに頼んで……」


 彼女は言いかけて、やめた。


「ふーん。何が目的?」


 彼女が傷ついた顔を見せたが、僕の口は止まってくれない。


「君、飲み屋で働いていたよね? 僕に近付くために潜入でもしてたの?」

「あそこは、元々働いていた場所で……!時々手伝っているんです」


 そう説明する彼女の声は僕に届かなかった。すっかり頭に血がのぼっていた。


「聖女様が?わざわざ?」


 そう冷たく言い放った僕に彼女はなおも声を届けようとしてくれていた。


「私は本当にレインさんのことが好きで……」

「信じられるわけないだろ。君は僕に嘘をついていたんだから」


 彼女が必死に伝えようとした言葉を僕は酷い言葉で遮り、浴びせた。


 彼女の瞳が揺れるのが見えた。


 ……違う。こんな酷いことを言いたいんじゃない。なのに何でこんなことしか言えないんだ……。


 後悔してももう遅い。僕は酷い言葉を彼女に言ってしまった。そしてそれを撤回する術も持たず、僕は黙ってしまった。


 あんなに笑っていて欲しいと願った彼女の顔を曇らせたのは僕だった。

 

 彼女が目の前で涙を流しているのを感じながら、僕はただ何も出来ないで、目的地まで馬車が到着するのを待つしかなかった。




 重たい空気のまま森の入口に着いてしまった。

 馬車のドアが開けられれば、何故か部隊長の彼が目の前で待っていた。


 聖女の彼女を迎えに来たのだと、すぐにわかった。


 彼女に手を差し出し、彼女も彼の手を取る。

 さっきまで涙を流していたはずなのに、彼女はしっかりと前を向いている。流石聖女と言うべきか。


 というか、その役目は僕だろう?!

 彼女を泣かせたくせに、僕はそんな勝手なことを思った。


 「リナ? 目が赤くないか?」


 彼が彼女の名前を呼び、顔を覗き込んだので、僕はカッとなった。

 

 でも動けなかった。


「大丈夫。寝不足かな?」


 そう言って力無く笑う彼女を僕はただただ後ろから見つめていた。


「これから討伐だ。気を付けろよ」


 そう言って彼は、彼女の肩を抱き、部隊の中へ歩いて行った。


 一度だけ僕をチラリと振り返り、威嚇するような目を向けてきた。


 ああ、彼も彼女が好きなんだな、と悟った。


『彼女は僕の婚約者だぞ』


 そんなことを言う資格が僕に無いのはわかっていた。でも。


 僕は彼女を手放したくない。彼女に見捨てられたくない。


 ああ、やり直したい……。出来れば出会いから。

 僕の時魔法が過去をやり直せたら良いのに。


 もちろんそんなことは出来ない。起こしてしまったことは、取り返しがつかないのだ。


 何もかも間違いだらけの僕は、彼女に捨てられても仕方ない。   


 自分のダメさ加減に落ち込んでいたけど、討伐の手順を部隊に伝える彼の声が聞こえてきたので、僕も仕事に向き合わざるを得なかった。

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