パチンコ店の男 3

 夜更け方、男は女と住んでいるアパートへと帰ってきた。二階建ての白い木造アパートは、所々茶色く雨水の跡がついている。どうやら、新しいアパートではないようだ。男は、がちゃ、がちゃ、と乱暴な足取りで安っぽいアルミフレームの階段を上がり、ジーパンのベルトに引っ掛けてあったチェーンを手繰り寄せて、鍵を掴み、女の部屋の鍵を開けた。


 ガチャ、キィ…… バタン!


 「あ、おかえりぃ。遅かったねぇ。今日給料日でしょぉ? 今月こそは、ちょっとはお金入れてよぉ?」


 男が帰ってきたのがドアの音でわかった女は、若い男に、散らかった部屋の中から、声をかけた。


 ―― ちっ! うっせぇなぁ


 男は女の声を無視して、玄関と言っても段差もないような場所でサンダルを脱ぎ、右手に持っていたアタッシュケースを壁にくっつけてそっと音もなく置いた。そして、人一人が通れるくらいの玄関から、短い廊下を進み、女のいるリビングへと向かった。リビングといっても、このアパートの作りは一階がリビング、そこから梯子はしごで登ると小さなロフトがあるくらいの、小さな部屋なのだが。


 「ねぇ? 聞いてるぅ? 今月はちゃんとお金入れてよね! もう何ヶ月入れてないと思ってんの?」


 「はぁ? うっせぇな。お前が働いてなんとかなってるなら、それでいいじゃねぇか!」


 「ちょっと、待ってよ、それじゃ話が違うじゃないっ! 一緒に暮らすときに決めた約束だよねぇ? ていうかさ、今日給料日で、こんな時間って、まさかパチンコとか行ってないよね?」


 「はぁ? 俺が俺の給料をなんに使おうとお前にかんけぇねぇだろ?」


 「あるに決まってるじゃない! 一緒に暮らしてんだから!」


 「それはお前が一緒に暮らしたいって言ったから仕方なくここにいてやってんだろうが! 嫌なら別れても俺は全然いいって言ってんだろ!」


 この若い男と、若い女は、中学時代からの同級生だった。そして、高校時代に男女の付き合い始めたらしい。かれこれ六、七年経つだろうか。毎日楽しく登校し、青春を謳歌していたときは一瞬で、男は高校入学後、自主退学をする。十五歳の少年は、学校に行くのがめんどくさかったのだ。


 その後男は、両親の紹介で、型枠大工などの土方どかた仕事で働き始めるが、それもめんどくさいと言い、最初の給料をもらってすぐに辞めてしまう。この男はそれから、ある時期を除いては、どの仕事をしても途中で投げ出してやめてしまうのだった。女はずっと、そんな男と共に十代半ばからの時間を過ごしてきた。


 「だって! 一緒に住んでなかったら、どっか行っちゃうじゃない!」


 「だからどこに行ったって俺の自由だろって言ってんだよ!」


 「絶対イヤ! そんなのは絶対イヤだから!」


 「仕事も今日でやめてきたし、寮付きのホストでも探して、こんな家すぐにだって出てってやれるんだ!」


 「絶対イヤ! そんなの絶対耐えられない! 私だけのたけちゃんじゃないと絶対イヤ!」


 ―― もうこいつも本当めんどくせぇ。この後が長いのはいつものことだ。もうそれに付き合う気もねぇよ


 「じゃぁしょうがねぇよな? 俺が毎月金を入れなくても」


 女は半分泣いて、半分怒った真っ赤な顔で男をにらみつけ、仕方ないけど、新しい仕事を探すだけはしてよ、と力を込めた静かな声で男に言って、出かける準備をした。女はこの後コンビニの深夜勤務に出かけるのだ。男を一人、この散らかった汚い部屋に残して。


 男は、ふんっと鼻を鳴らし、小さなソファに乗っている洋服や小物を手で乱暴にどかしてそこに座り、タバコに火をつけた。女は、そんな男に一言もかけることなく部屋を出て、かちゃっと小さく鍵をかけたのだった。


 

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