ワイングラス 3
男はタクシーに乗り家路についた。
―― あの女、きっと明日言って口説けば俺になびくに違いない。そうでなければ、金にもならん、もう戻ってこないかもしれないこんな高価なワイングラスをタダで俺に渡すわけがない。
男は、玄関を開け靴を脱ぎ捨てリビングへ向かう。と、そこには男の妻が待っている。男は妻に、
「洗ってくれ」
とだけ言い残し、先ほどよろず屋で手に入れたペアワイングラスの包みを渡し、
「服」
と言った。
その男の妻と思しき女は、おかえりなさい、服はここにと言って、部屋着を男に差し出し、男はスーツを脱いで部屋着に着替える。
「ワイン」
と男が言うので、女は急いで真紅のワインを取り出し、先ほど男から受け取ったペアワイングラスの荷をほどき洗った一つに注いで男に渡す。
「こっちじゃない! もう一つの方だ!」
急に男が声を荒げるので、その男の妻である女はもう一つを急いで洗いワインを注いで男に渡す。
―― 俺がどっちのワイングラスでのみたいのかもわからないなんて馬鹿にも程がある。
そう思いながら、妻から渡されたワイングラスに口をつけた。
ゴクリ。と男はワインを一口のむ。赤ワインの空気が触れて酸化しているふくよかな香りが男の口腔に広がるが、
―― 全く、この赤ワインはもっと芳醇な香りのはずなのに、俺が帰ってくる時間を細かくイメージできてないなんて馬鹿なやつだ。もう少し早めにデキャンタに移しておけばいいものを
そう思う男の視界がぐにゃりと揺れた。
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