ワイングラス 2

 ―― 赤提灯じゃないのか。まぁせっかくここまで歩いてきたんだし覗いてみるか


 カランコロン


 男は『よろず屋うろん堂』の扉を押した。


 ―― なんだここは、見たところ骨董屋か。つまらん俺の興味はない


 するとそこへ女店主が奥から声をかける。


 「あら、これはこれはたいそうなご紳士のお客様でございますね」


 店の奥のカウンターで女の声がするので、男はそちらを向く。深い紫に青海波模様の浮かび上がる着物を品よく着こなす女店主を見て男は、


 ―― 美人じゃないか。その辺のホステスよりいい。いや、その辺のクラブのママよりもいい


 と思ったのかカウンターに近づき、酒臭い息で女店主に話しかける。


 「こんなとこにお店があるとは知りませんでした。いえね、ちょっとそこで部下にご馳走してやった帰りなんですよ。少し見せてもらっても? おすすめなものがあれば教えてくれてもいいんですけどね」


 女店主はニコニコとやたらに顔を近づける男を嫌がるそぶりもせず、


 「ここはよろず屋でございます。どうぞ見て行ってやってくださいまし。でも、お気に召したものが貴方様のところへ行きたくないと言えばお売りすることはできませんので、そこをご了承していただけましたら」


 と言う。男はよく考えられない頭でなんとなく理解し、それでは見せてもらいますねと言って店内をゆっくりふらふらと物色し始めた。


 ―― 古い時計に、古い人形、変なおもちゃになんだかわからないような部品。こんな骨董屋には興味はないが、あの美人な女はまずまずいない。時間を稼げばあの女誘い出せないか


 「素敵なものばかりですね、年代物の。とてもセンスがいい」


 などと男は下心があるのか女店主に言った。


 「それはそれはお褒めいただきありがとうございます。その貴方様のすぐ左にあるアンティークのワイングラスは格別に私の思い入れがあるものでございますよ。良ければぜひ手に取ってやっておくださいまし」


 女店主に言われ、男は自分の左の棚に飾ってあるワイングラスとやらをみる。見たところ、手作りのもののようで、吹きガラスで作ったのか、歪んだ分厚めのグラスは持ち手が深い緑色で水のうねりのように歪んでおり、ワインをそそぐカップの部分には、薔薇の花がキリコガラスのように彫られている。


 ―― 確かにどこにもないような美しいグラスだ


 男は女店主の言うようにそのワイングラスの片割れを手に取り、光にかざしてみる。


 ―― この後から掘られた薔薇の花の透かして光る光が綺麗だ。どこか懐かしい。


 「もしよろしければ、そのワイングラスはペアですが、貴方様のところに行きたいと言ってるようにもお見受けできますので、お買い求めいただくことができる品かと存じます」


 店の奥のカウンターの女店主に声をかけられた男は、ふっと我にかえり、


 「結構高そうですしね」


 と言った。


 ―― 高価なものを売り付ける類の怪しい店なのかもしれない。


 「お高いかどうかは貴方様がお使いいただいて、それで初めて決まると言うものでございます。もしよろしければ1日だけ、お試しにお持ち帰ることもできますが。いかがなさいましょう」


 男はその話を聞き思った。


 ―― まずまずこんな美人な女はいない。1日と言うことは明日またここにきていいということだ。それはもしや俺を誘っているということなのか?


 「では、一日お借りします。明日、またこの時間に持ってこればいいんですね?」


 「はい。では、それはペアグラスでございますので、どうぞ、ペアでお持ち帰りくださいまし」


 女店主はそう言って、その二対のワイングラスを男に包んで渡した。


 「では、また明日必ず」



 男はそう言って、よろず屋うろん堂を後にした。

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