ワイングラス 1

 その男はふらふらと千鳥足で歩きながらこの薄暗い通路をタクシー乗り場を探して歩く。彼はもうすでに気持ちよく酔っており、これから自宅へと会社の経費で帰る予定なのだ。


 私はほんの悪戯心から、この男をあのよろず屋へ向かわせてやってみてはどうかと思った。さて、どうやって気づかせよう。酔っ払っているこの男には小石は効かないだろう。ましてや耳元でささやくなど。


 男が薄暗い通りを抜けようとしている。そうだ。こんなのはどうだろうと、私は男のカバンをグイッと引っ張った。


 案の定ふらついていた男はその力に体が引っ張られ、ドスンと尻餅をつく。


 ―― おっと、危ない危ない、そんなに飲んだかな


 思った通り、足元のおぼつかない男は尻餅をついたのが自分のせいだと認識した。そして、立ち上がろうとして、その視界の片隅にぼうっと赤く光るものを見つける。


 ―― あれ? あんなところに店なんてあったっけ? 赤提灯がともっているのかもしれない。もういっぱいあそこでひっかけて帰ってもいいか。


 男はふらふらとおぼつかない足取りでその赤く光る店がある方へ行き先を変えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る