藁人形 5

 ―― まだ信じられない。


 少女は昨日行った不思議な店でお試しにと受け取った藁人形のお父さんとお母さんと一緒に朝を迎えた。少女の部屋で。狭い布団に一緒に三人で川の字で寝て。


 ―― 本当にお父さんとお母さん?


 「おはよう、みこ」


 お父さんとお母さんが同時に目を覚ましたばかりの少女を見て話しかける。ずっと目が覚めるのを愛おしく眺めて待っていたんだよと言わんばかりに。


 ―― 本当に?お父さんとお母さんなの?


 すると階段の下から祖母の声が聞こえる。


 「みこちゃん、もう起きてる? おばあちゃんもう行かなきゃだけど、学校行ける?」


 ―― そうだった、今日は授業参観。でも……


 「おばあちゃん、今日なんか頭が痛くって、おやすみでもいいかな?」


 少女は祖母にそう言いに階段を降りる。祖母も今日は授業参観だと知っているから、それじゃ、おやすみの連絡入れておくねと言って、仕事に出かけた。


 ―― これで、お父さんとお母さんと、一緒にいられる。


 「みこちゃん学校休んで大丈夫なの?」

 「そうだよ、一緒に学校に行こうと思っていたのに」


 「うん。学校より、もっと一緒にいたいの。だって、お父さんとお母さんのこと、私何にも知らないんだもん」


 こうして少女は偶然入った怪しげなよろず屋との約束の時間まで、父親と母親とゆっくりとした時間を過ごした。そして、


 ―― あ、もうこんな時間。もうあのお店に行かなくちゃ。でも、でも、もし行かなかったら、ずっとお父さんとお母さんと一緒にいれるのかな。


 私は待ち構える。その瞬間を。


 ―― お父さんとお母さんを返しにお店に行かなかったら、ずっと一緒にいれるのかな。


 もう少し、もう少し。


 ―― 離れたくない。お父さんとお母さんと一緒にいる時間をなくしたくない。


 もっともっと。


 ―― もう、あのお店に行かなかったらいいだけのことなんじゃないかな。


 そうそう。


 ―― もう、返しになんか行くもんか。もっとこうしていたいんだもん!離れたくなんかないんだもん!もう寂しいのはいやだ!


 待ってましたと私は長い舌を出し、ベロンと少女のかなわぬ希求心を喰らう。旨し。愛というスパイスの入った極上の味。


 少女の目の前から両親はふっと煙のように消えて無くなり、そこにはただ少女の部屋があるだけ。


 「お父さん?! お母さん!? どこに行ったの!? おいていかないで!!!」


 とその時、ガチャっと少女の部屋の扉が開き、祖母が顔を出す。少女が思っているより、時は進み、もう祖母が帰ってくる時間になってしまっていた。日はだいぶ傾いている。


 「大丈夫だよ、みこちゃん。お父さんもお母さんもずっとみこちゃんのそばで見守ってくれているから、大丈夫だよ。おばあちゃんもここにいるよ。ね、大丈夫だよ」



 祖母に抱きしめられ、祖母の温かい胸に抱かれながら、少女は泣いた。今までため込んでいた分、いい子でいなきゃと思っていた分、全部全部泣いた。祖母も少女を抱きしめて泣いた。大丈夫だよ、愛してるからねと、泣いていいんだよと言いながら。お父さんとお母さんは、いつもいつも、そばで見守ってくれてるからね。がまんしないで、お泣きといいながら、祖母は、少女を抱きしめた。




 私はその涙もベロンとなめて食べた。柔らかな風味。寂しさの中に、愛と優しさの風味が混じり極上の味わいであった。




 本日もご馳走様でした。さてさて、次はこってりと中華かな。

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