第二作品「さて何を食べて何をかこうかな、だからまだ未定」

死二対課申請書類 1 

 その女は、弱々しい足取りで、薄暗い道を歩いている。女は若い頃夢をもち東京に出てきたが、その夢も叶うことはなく、恋人もいなくなってからは一人の夜を幾度となく過ごしている。派遣社員のこの女は、契約の期間が終了すれば賞味期限の切れた惣菜のように廃棄される。それでも生活していくためには何か職につかねばならず、何年も契約社員として働いてきたが、次から次へと入ってくる若い女に職を侵食されていき、三十をもうとっくに過ぎてしまったこの女は、現在どこにも居場所がなく、無職である。


 私はこの女に少しばかり興味を持った。なぜならこの女は死にたがっているからだ。この女をあのよろず屋へ向かわせてみたらば、どういう味わいをいただけるのだろうか。


 私は俯きながら弱々しく歩くその女の耳元で囁くことにした。それだけで充分。きっとこの女はよろず屋へ向かうと思ったからだ。


 「死にたいんだろう?」


――え?


 「死にたいんだろう?」


――え? どこからか、声が……? でも周りには誰もいない。あぁそうか、私の心の声か。確かに、もう消えて死んでしまいたい。でも、どうやって死ねばいいのかがわからない。もう生きている意味が見当たらないんだから。もう、


 「死なせてあげようか?」


――そうね、心の声さん。死なせて。もういいのこんな人生。死なせて……。生きていても、何にもいいことなんてない。もうお金も底を尽きてしまう。どうせ死ぬなら綺麗に迷惑をかけないで死にたいな……。


 「では、左の細い道を進んでごらん――。望みを叶えてあげよう」


――え? ひだ…り…?


 「そうそう、見えるだろう? あの店へ行ってごらん。願いが叶うはず――」



――あんなところに、お店が……。今まで気づかなかった……。と言っても、景色を見ながら歩くことなんてもうとうの昔に忘れてしまっているけれども……。


 女は私のささやきに従って、薄暗い細い道を進み、ぼうっと赤みがかかった光が漏れる『よろず屋うろん堂』へと向かった。私はどんな味わいなのかが今から楽しみでならない。さぁ、その扉を開けるのだ。



――よろず屋うろん堂?



美味しい時間の始まりだ。


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