美しい帯 3
自宅に戻った女は玄関で靴を脱いでリビングにはよらず、着物箪笥が置いてある和室へと向かった。どうやら今日は子供たちはもうすでに寝てしまったようだ。
――今日のうちに明日着る着物の用意をしておかなくては。朝6時には着付けがやってくる。今日思いがけず入ったあのお店で素晴らしい帯に出会えたんだもの。お取り合わせを考えるのがこんなに楽しみなんて久しぶりかもしれない。
畳の黄色と壁の薄茶色に囲まれた和室の電気をつけると、女は先ほど借りてきた帯を紫の風呂敷から出して、手に取り、もう一度じっくりと眺め始めた。同系色の空間に紫の風呂敷とその上に置かれている帯が鈍く金色に光っている。
たらりと手から風呂敷に落ちる帯をゆっくりとスライドさせながら女はうっとりとした顔をする。なんていい顔つきだ。
――見れば見るほど本当に素敵だわ。複雑な色合い。本当にこんな帯見たことがない。もしかして京都ならあるのかもしれないけれど、こんな田舎町に、しかもあんなよくわからないような骨董屋に、こんな掘り出し物があるなんて。
女は思い立ったように、帯を丁寧に風呂敷の上に戻し、着物箪笥に行き、箪笥の引き戸を握りゆっくりと開いた。
空気の吸い込まれるようなスッという音を出し、箪笥の扉は観音開きであいた。中にある着物を上から順に探し始めた女は、一枚の着物が入ったたとう紙を見つけ、引き出しからそっと取り出した。
――この小豆色の地紋に背紋が入ったお着物ならば、借りてきた金の帯に合うかもしれない。お客様ではないのだから、着物自体が目立ちすぎてはいけないもの。でも、周囲に唸らせたい。なんて素敵なお取り合わせと。
女はたとう紙の中からゆっくりと着物を取り出し、姿鏡の前に立ち、着物を羽織ってみた。そして、そこに、あのよろず屋うろん堂から1日だけ借りてきた帯をそっと左肩からかけて鏡をみた。
――思った通り! なんて素敵なの! 決して目立たないお上品なお取り合わせ! そして大人しめに見えがちなのに、どこにもないようなこの帯の素晴らしさにきっとみんな目がいくはず!
女はたらりと胸の前に垂れている帯を両手で優しく支え、もう一度帯にさりげなく、だがとても美しく繊細な刺繍で描かれている小さな昇竜を見つめた。
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