美しい帯 2

 カランコロン


 ―― なんだ。見当違い。大したことのない骨董屋ね。ガラクタみたいな物が多いわ。こんなことなら入るんじゃなかったかも。お店を出るときもめんどくさいし。


 「あら、いらっしゃいまし。もうすぐ閉店でございましたのに、こんなにお美しいお客様がいらっしゃいますとは。ぜひ目に留まったものを手に取ってみて行ってやっておくださいまし」


 女店主が女に奥のカウンターから声をかけた。私の思った通り、女は女店主の着物に目がいく。


 ―― なんて素敵なお着物。鶯茶に絞りで流れるような模様が胸に入っている。そしてその絞りにさらに刺繍された……あれは、流れるように伸びた紅葉のような枝? それに合わせるような暗緑色の丁寧に織り込まれた帯と、さらに合わせて着こなしている同系色の帯揚げと帯紐の取り合わせ。この着こなし、この女、只者ではない気がする。


 女は女店主の着物に目を見張り、やはりこの店には掘り出し物なる逸品があるのではないかと考えた。なぜなら、この店の女店主はただならぬ気品を感じずにいれないような着物の着こなしとその他のアイテムの取り合わせだから。女は女店主に近づき聞いた。


 「とても素敵なお召し物ですね。とてもよくお似合いで、お取り合わせも素晴らしい。まさに今の季節そのものですわ」


 「さようでございますか? そうお褒めいただき、嬉しく思います。私は着物が好きで、こうして自分の好きなものをただ着ているだけなのですが、もしやお客様もお着物がお好きなのでございますか?


 「えぇ。たまに着る程度ですけれども。ちなみに明日は先輩が主宰するお茶会のお運びとして、お着物を朝早くから着る予定ですの」


 「そうでしたか、それはそれは、骨の折れることでございますね。でもお茶会とはまた素晴らしい。きっと素敵なお着物をお召しになられるんでしょうね。私のところにも時折そう言ったお客様がいらっしゃって、昔着ていた帯やお着物などを置いていかれるんですよ。ふふふ。実はこれも、そういったものから私が拝借したものでして」


 ―― え? この素敵な着物も?


 「では、お着物や帯などもこちらは置いていらっしゃるんですか?」


 「はい。裏にございます。今時、お着物をお探しのお客様は滅多にいらっしゃいませんから。ご覧になられますか?」


 「はい。ぜひ見てみたいです」


 女は私の思惑通り、女店主の着物に興味を持った。女店主はそれではちょいとお待ちくださいましと言いながら奥に行き、しばらくして淡く渋く光る金色の帯を手に持って戻ってきた。


 「こちらはわたくしのお気に入りの一品なのですが、絽ではない季節であれば通年でお使いいただけるものでございます」


 淡く薄い金色に丁寧な同系色の刺繍で昇龍が描かれている帯。ギラギラと目立つことのない金糸で織られた帯。一見金色には見えないが、けれどそれは確かに金であり、そこに施された美しい手仕事の刺繍に女は目を見張った。


 「こちらは、とても素晴らしい帯ですね、でも、きっとお値段もそこそこするんじゃないですか?」


 女は聞く。が、


 「もしやこの帯がお気に入っていただけたのでございますか? それは大変嬉しく思います。なぜならこの帯も貴方様に巻かれたいといっていたのでございますから」


 と女店主はうまいことを言う。


 ―― 私に巻かれたい? 何のことを言ってるんだ?


 女店主は女がそう思っていることを知らぬふりしてさらに続ける。


 「もしこの帯にご興味がおありなのでしたら、1日だけお試しにお持ち帰り頂いても大丈夫でございますよ? 如何なさいますか?」


 と言った。私は全くいつもながら追い討ちをかけるようなうまいことを言うやつだと思った。後で褒めてやらねば。


 ―― この帯を1日だけ借りていいって事? 私のウエストのサイズならどんな帯も巻くことはできる。明日1日だけなら、もしもとんでもなく値が張ったとしても、いや、一日だけ借りていいのだから、明日のお茶会の話題は私のこの帯になるに違いない。こんな品がいい金糸で織った帯に昇龍がさりげなく刺繍されているなんて、滅多にない物だもの。そして値段がもしも高すぎたら明日お茶会で使った後に返せばいい。


 そう考えた女は女店主に、


 「ではお試しの試着のつもりでお借りしていいですか? 明日必ずまたここにきますので」


 と言った。女店主は、ぜひ使ってやってくださいましと、丁寧にその帯を風呂敷に包み、女に手渡した。


 そして、女は紫色の風呂敷を大事に抱え、タクシーに乗り、自宅へと夜の闇の中帰って行った。

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