パチンコ店の男 4

 ――何でこんなことになってんだ。俺は……


 男は、女が去った汚い部屋で一人、タバコの煙をくゆらせながら、心の中でそう呟いた。


 ――こんなはずじゃなかった。全部あいつが悪いんだ。あいつのせいで、俺の人生は台無しじゃねぇか! くそっ!


 男は小さなテーブルを足で蹴っ飛ばした。灰皿から、吸い殻と灰がばっと跳ね上がり、空を舞う。


 「くそが!」


 ――俺だってこんなんになりたかったわけじゃねぇのに! 全部あいつのせいだ! 佳子のせいで俺はこんなんになっちまったんだ! あぁ! むしゃくしゃする! こんなことなら金を全部使うんじゃなくて、いつものパチンコ屋の出口に貼ってある風俗にでも行けばよかった! くそ! 今から行こうにもそんな金も残ってねぇじゃねぇかよ。


 男は、もうすでに佳子と呼ぶ彼女のことを愛してはいないようだ。だが、腐れ縁で今も一緒に暮らしている彼女のことを、捨てて出ていくほど、この先の自分の人生に自信があるわけでもないようだ。


 ――くそ! あぁあぁあ! むしゃくしゃする! ビールでも飲んでとっとと寝るか! クソつまんねぇ人生だな!


 男は、むくっとソファーから立ち上がり、先ほど蹴っ飛ばしたテーブルを足でよけ、小さなキッチンに置いてある冷蔵庫へと向かった。


 ガバッ……


 「おい、なんでビールの一本もねぇんだよ! マジクソだなあの女! 給料日って知ってんだったら、ビールくらい買っておけよな!」


 男は、そう悪態を吐き捨てた。


 ――仕方ねぇか。財布にはあと五百円玉は残ってたはずだ。近くの自販機にでも行くか。二本くらいは買えるはずだ。


 そう思い、床に転げ落ちている財布を拾って、玄関へと向かった。そして、サンダルを履こうとしたとき、ふと左側の壁に目がいき、


 ――あ……、そういえば……これ、持って帰ってきたんだった……


 と、少し冷静になったようだ。男は、先ほど帰ってきたときに、玄関先にそっとおいた銀色のアタッシュケースをに目をやり、


 ――似過ぎている……この、横についている傷が……でも、そんなことはあり得ないねぇ……


 と、銀色のアタッシュケースを持ち上げた。そして、まじまじと外側を眺め、


 ――でも……、本当に、よく似ている……


 と、訝しげに思った男は、一旦出かけるのをやめ、不思議そうな顔をして、もう一度散らかっている部屋に戻ってきた。そして、先ほど蹴っ飛ばした机を起こして、その机の上に、銀色のアタッシュケースを、取手が自分の方に向くように置いた。


 ――まさかな、そんなわけねぇか、ってことはわかってんだけど、これ、俺がもらったのに、そっくり過ぎて……


 男は、取手の両サイドについているストッパーをゆっくりと手で開けて、そのケースを開いた。


 ――こ……、これは……? 良雄よしおさんにもらった包丁……セッ……ト……?


 男はケースの中から、銀色のペティナイフを取り出して、その根元に刻印されている名前を読もうとしたが、その瞬間、ぐらぁっと視界が揺れて、懐かしい景色が見えてきたのだった。

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