パチンコ屋の男 5

 ――え?


「おい、なにぼうっとしてんだタケル! 早くやっちまんねぇと、間に合わなくなるだろうが」


「あ、はい!」


 ――あ、あれ? なんで俺、勝手に喋ってんだ?


「それと、今日は、特別なお客さんが来るって言ってたから、いつもより念入りにやれよ」


「はい、そうですよね! もちろんですって!」


「ふっ、はははっ、本当に調子がいいんだからお前は!全然うわの空だったくせに!」


「そんなことないですよ! ふっ、あはは!」


 ――こ、これ…は…? なんだこの感覚は? 俺だけど俺じゃない、いや、俺なんだけど……。え……!?……夢?でも、見てるのか?


「で、お前は、これからの将来はどうすんだ?」


「えっ?俺っすか?」


「ここには俺とお前以外いないだろ」


「ははは。本当っすね!俺、そういうの全然考えてないっす!」


 ――これは、あの店で良雄よしおさんと店の仕込みをしてた時の俺の記憶だ。でも、何かおかしい、俺、ちゃんと今の俺で喋ってるような……なんだこの感じ?胸まで、なんだか、くるしいような……


「おーい、ぼうっとしてたら間にあわねぇぞって言っただろ?手動かせって」


「あっ、すいません!」


 ――高校中退で、なにやっても長続きしない俺が、一番居心地良かった職場は、ここだったかもしれない……


「おいタケル!」


「あ、はい!って、俺また、ぼうっとしてました?」


「本当だよ。ぼうっとしすぎだろ、はははっ!お前さぁ、俺なんか高校中退でダメな人生だって、まだ若いくせに色々諦めてんだろ」


「え?」


「手ぇ動かせて聞けよ、間に合わねぇぞ」


 ――あぁ、そうだ。思い出した。この後良雄さんは、俺に言ってくれたんだった。一緒にやらないかって、それで、確か、俺……


「そういうの、俺もそうだったからわかるわ。どうせ中卒とか思ってんだろ」


「でも、俺マジで高校中退の中卒っすよ、中卒って、なにやってもダメじゃないですか」


「俺だって中卒だよ」


「えっ! そ、そうなんすか!?」


「そんなびっくりか? あはは。そうそう、俺もまじで昔グレてたから。お前と同じ中卒。お前みたいに高校に行くこともなくな、最初から中卒! ……おい、なんだその顔は? 俺よりもっと悪いじゃんって顔か? ははは! お前顔にですぎんだよ! その顔、生意気だって思われて嫌な思いしてきただろきっと」


「いや、マジそうなんですよ! 俺そんな気ないのに、お前こんな仕事とかって思って今手抜いただろとか、生意気な顔しやがってとか言われたりして。俺、別にそんなこと思ってないけど、でも、やっぱり、若いからって、子供だからって言われると腹立って、そんな顔しちゃうんすよね。で、それでめちゃくちゃやな事言われて、それが嫌で仕事辞めるっつー、まぁ今までそんな悪循環な感じっす」


 ――そうだった。そんな俺を一番理解してくれたのは、あの時期、誰でもない良雄さんだったんだ。


「俺さ、そんな感じだったけど、料理勉強し始めて、てか、俺の家さ、お袋が料理しねぇんだわ。妹も弟もいるけど、お袋はどっかで買ってきた菓子パン出して、これ食っとけみたいなさ。でも俺さ、ある時、それって違くね? って思ったんだよね。俺が住んでた県営アパートの中にさ、ご飯を食べさせてくれるばあちゃんがいてさ、結構そんな子供アパートにいたからさ、そこでみんなで夕飯食べたりしてたんだよね。そのばあちゃんが作るご飯がうまくてさ。野菜ばっかだけど。で、俺、グレてたときもあったけど、なんか思ったんだよねぇ。美味しいものは人を優しくできるって。で、今ここにいる。なんかさ、美味しいもの食べてる時の人の顔見るの嬉しいって思ったんだよな。はは。 きっと俺も美味しい顔してばぁちゃんのご飯食べてたと思うんだよねぇ。だから、いつかばあちゃんみたいなことしたい。でも、その前に、それが余裕でできるように自分の足でたたなきゃって、そんでたまたま出会ったこの店で、今修行してるんだわ」


「へぇ、すごいっす。俺、普通の家庭なんで、そういうの知らなくって」


 ――俺は普通の家に生まれて、高校も親が落ちたらいけないって、試験なしの私立に行かせてくれたけど、辞めちまって、今に至るわけで……


「なぁ、お前さぁ、やりたい事ねぇと毎日つまんねぇだろ? 一緒にやらないか? 居場所のねぇ子供たちの、居場所になる場所。ばぁちゃんも、もう年でさ、手伝ってくれるやつ、さがしてんだよね」


「え……?」


「手に職つけて、ちゃんと稼いで、それで余ったお金で、ばあちゃんがしてるみたいな、いろんな子供たちにご飯作ってやんだよ。居場所がない子供たちに、てな事、俺と一緒にやらねぇ?良かったら手伝ってよ」


「俺、役にたちますかねぇ?」


「お前だって、俺とおんなじ中卒だろ? そんなんでも、手に職付けれるんだぜって背中見せてやりてぇんだよ」


 ――そうだった。あの時、俺、そうかもしれないって思ったんだった。俺みたいな中卒でも、何かできること、誰かの役に立つ道があるのかもって。……でも、佳子が、店に来て……俺は真面目に働いて、深夜まで仕込みしてたのに、浮気しているんじゃないかって店に来て、それで……


「おい? 聞いてるか? だからさ、お前、たまに俺と一緒にやってくんねぇか? 手伝ってよ」


 ――そう、良雄さんは言って、その後、俺に大事な包丁セットをくれた。たしか中古屋で買ったって言ってたな。知らない誰かの名前が彫ってある、包丁セットだった。俺にはもう他の自分で買ったものがあるから、お前もちゃんと調理師になって、稼げるようになって、子どもにご飯をつくるボランティア、一緒にやろうぜと熱く夢を語ってくれて……それなのに、あいつが店に来たことで、めんどくさくなって、俺は……店をやめてしまった……


 若い男の目から涙がこぼれ落ちた。それは誰のために流した涙だったのか。男は、自分の頬に流れる涙を腕でぐいっと拭いとった。


 そして、きつく結んだ目を開けると、さっきまでいた、散らかったアパートの景色が目の前にあったのだった。

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