古びた眼鏡 4

 「いらっしゃいませ。あらあら、昨日のお客様。そちらの眼鏡はお気に召していただけましたか?」


 男は昨日と同じ時間に、同じ道を通り、『よろず屋うろん堂』にやってきた。


 「はい。この眼鏡をかけたら不思議なことが起こりました。実は僕の祖父は小説家を目指して、仕事もせず、いつも物語を書いていました」


 「それはそれは、大変結構な小説家様でございましたわね」


 「いえ、売れることなくこの世を去ったのです。僕はそんな祖母に働かせて好きな小説を書いている祖父が大嫌いでした」


 男は、いかに祖父が身勝手で、祖母が自分の母と伯父を育て上げ、苦労をしていたかを話した。しかし、話進めていくうちに、


 「でも、もしも、昨日見た幻が本当だとすれば、祖母は、祖父に苦しめられていたのではなく、祖父に幸せをもらい、幸せに生きていたということになります」


 男は、勢いをなくし、ポツポツと話を続ける。


「僕は、もしかしたら勘違いをしていたのかもしれません、祖母の幸せなど、何が幸せか、子供の僕にはわからないのに、それなのに、祖母は不幸だと、決めつけていた」


 「そうだったんですね、それに気付いたと」


 「教えてください。これは僕の祖父のメガネなんでしょうか?」


 「さぁ、それは存じかねます。私はそれは小説家の方が使っていらっしゃった眼鏡だとお伺いして引き取ったものですから」


 男は困惑した面持ちで女店主に聞いた。


 「では、私の祖父は小説家になれなかったので、これは祖父の眼鏡ではないんですね?」


 女店主は、男には目を向けず、帳面に何やら書き込みながら答える。


 「さぁ、わたくしにはそれは分かりませんけれども、でも、そもそも、小説家という職業は有名にならねばなれないものなのですか?」


 「え?」


 「私は、一人でもその方が書いた作品を愛しく思い、心に響いたその世界観を宝物としていつまでも胸にしまっていたいと思うのであれば、それは小説を書く人、小説家なのだと思うのですが」


 男の頬は高揚し、男は目頭を押さえる。


 「これ、買います。僕にこれを売ってください」




 いよいよきたこの時が。私はベロンと長い舌を出し、男の溢れ出る真っ黒な虚無を喰らう。この時のために、この男をここに連れてきたのだ。




 「まぁ、そうですか。どうも毎度ありがとうございます。でもお代は結構でございます。ただいま、多すぎるくらいのお代をいただきましたから」




 さてさて、私は次のお客様を見つけにいくことにいたしますか。



 本日も、ごちそうさまでした。


 


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