古い本 1
女はスマートフォンを見ながら薄暗い通りを歩いていた。今日もまた沢山のいいねをもらったフォロワーさんからのコメント欄。
「素敵です。えりさんのような生活憧れます」
「えりさんどうしてそんなに陶器の様な美肌になれるんですか? お使いの化粧品ぜひ教えてください!」
「このワンピースとてもお似合いです! どちらのものですか? 私が着てもえりさんのようにはならないと思いますが、ぜひ知りたいです!」
「本当に美しくて、毎日えりさんを見てしまいます。豪華なランチ! 素敵です!」
「私、今日美容院でえりさんと同じ髪型にしてきました! でも一緒にはなりませんね、えへへ 当たり前ですが♡ だって憧れのえり様ですもの!」
女は無表情でそれを見て、無表情でスマートフォンを小さな鞄にしまう。もう疲れ果てた。女は自分の生活をインターネットに披露して、他人による称賛を浴びることのエンドレスな生活に疲れていた。
―― 自分の生活を毎日アップして、そしてフォロワーの反応を見て生きる事しか、私にはないのだろうか。会ったこともない人の反応だけで、一喜一憂する。なんだか疲れた。
女はそう思いながらコツコツと薄暗い道を歩く。見た目は雑誌に載るほど美しく、実際に雑誌に特集されたこともある。普段着ている物も決して安くはない。それもそのはず、SNSでの広告収入やタイアップCM商品の広告収入が普通にOLで働くより多いからだ。
でも、この女の心はどんどん冷えていった。いったい自分は何者で、何がしたいのかと。自分で自分をセルフプロデュースし始めた時は楽しかったが、今ではその楽しさも消え失せ、毎日の生活の切り売りに嫌気がさしていた。
私は優しさから悪戯心が動き、女の靴を歩く道の小さな段差に引っ掛けてやった。
―― あっ、危なかった。足を捻るとこだった。あれ? こんな時間にまだお店がやってる。
しめしめ。狙いどおり、女は『よろず屋うろん堂』に気づく。
―― こんな時間に、こんな場所で古ぼけた雰囲気のあるお店がやってる。これは今日のネタになるかも。
女は細い道の先にある『よろず屋うろん堂』へと行き先を変えた。
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