死二対課申請書類 5

 女は、薄汚いボロアパートを出て、近所のコンビニへと向かった。肌を刺すような空気を感じながら、どこまでも吸い込まれてしまいそうな夜空の中、歩いている。


 ―― 寒い。でも、凍てつく空気が肺に入るのが気持ちいい。この凍るような空気を吸うと、私は、あぁ、まだ生きているって思える気がする。……変なの。もう終わろうとしてるのに。


 女はコンビニでシャープペンを買い、それを自分が住むアパートへと持ち帰った。


 ―― さぁ、消しても書けるものは手に入った。あとは、書くだけ。


 女は、部屋に入り、また、ナイロンの毛が乱れているカツラをはずした。そして、先ほど買って来た、書いても消せるシャープペンシルの袋を力なく破り、ゴミ箱へと捨てた。そして、小さなテーブルの上の申請書類に向き合うことにした。カチカチと懐かしい音を鳴らすシャープペンシルから芯を出しながら。


 ―― まずは、一枚目からだ。えっと、『死に対する第二対策課 存在を消すための申請書類』ね。さっきあのお店の人に聞いた話だと、これは、いわゆる誰にでも手に入らないものだということだった。私は、偶然手に入れることができたラッキーな人だとも言ってたな。自分の存在を消したい最後がラッキーって、そんなとこまで、なんだかな……


 女はそんなことを思いながら、最初の紙をめくる。


 ―― 誓約書……ね。


 女は、さっきも読んだはずの誓約書をもう一度読みなおす。


 ―― この申請書類は自らのすべての存在を消してしまいたいと切望する人に与えられた、最後の自由の権限である。確かに、そうかもしれない。誰にも迷惑をかけることなく、消えてしまえるんだとしたら、最後くらい自由に選ばせてほしい。


 女は読み進める。


 ―― それを、「自殺」という、自らを殺す殺人ではなく、正式な手続きで行うために、今までの人生を振り返り、今世、どう生きてきたのか、そして、その時の中でどんなことを経験したのか、また、誰に愛され、誰に愛されていなかったのかを、明確に事細かく明記して提出することとする……か……


 女は、自分の人生を振り返りたくはなかった。振り返れば振り返るほど、必要とされていた時間と反比例するような、必要とされていない時間が思い出されてくるからだ。


 ―― でも、目を背けていては、この分厚い申請書類は書ききれない。私の存在全てを消してくれる、この分厚い書類を書ききれないんだ。


 女はそう思い、最初の誓約書には、絶対に、この申請書類をなんとしても書き切ろうという意思を込めて、どこかの会社の名前が入った、書いたらもう消すことの出来ないボールペンで自分の名前をサインをしたのだった。


 ―― もう、後戻りはできない。でも、これでいい。私の意思は、もう決まっているのだから。


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