藁人形 1

 その少女はトボトボと薄暗くなりかけた通りを歩いていた。どうやら塾の帰り道らしい。少女の祖母は両親ともにいなくなってしまったその少女が幸せに自分の人生を歩めるようにと、この辺りでは良い方の塾に週に三回通わせている。


 良い方の塾というのは、成績も良くはなるがそれなりにお金もかかる。祖母はまだ仕事に出ており、少女は一人で夕暮れの通りを歩いて家に帰る。少女は祖母と二人で暮らしているのだ。


 少女の母親と父親は少女がまだ幼い時に事故で亡くなってしまい、でも少女はとてもまだ幼かったから、母親と父親の記憶というものがない。物心ついた時から、祖母と二人で生きてきた。


 私はそんな少女をいつも眺めていたのだが、今日の少女はいつもと違う。それは先日学校で授業参観の案内で、ウィルスの流行により、事前に誰がくるのかを教えて欲しいという趣旨のプリントをもらってきたからだ。まだ出せないで、明日、その日を迎えることに、心が重くなってしまっている。


 ほとんどのクラスメイトは、お母さんだったりお父さんだったりするのに、少女には祖母と書くしかない。でも、その祖母ももしかしたら仕事で来れないかもしれない。その授業参観日は土曜日。少女の祖母は飲食店で働いていて、大体の週末は朝から夕方まで仕事で家にいないからだ。だから、ずっと出せないでいた。


 私はそんな少女を不憫に思い、優しさからくる悪戯心であのよろず屋へ向かわせたいと思った。


 下を向きながら歩く少女の後ろから、耳元で囁く。


 「ねぇ、こっち向いて」


 ―― え?


 「こっちだよ、こっち、ほらもっと右」


 ―― え? 右?


 思った通り、少女は不思議な顔をしながら右の方を向き、細く続く通路に目が行った。


 ―― あれ? こんなところに道なんてあったかなぁ?


 「すすんでごらん」


 私はまた耳元で囁く。


 ―― すすんでごらん?


 少女はその細い通路に足を踏み入れ、そして一歩一歩恐る恐る進む。そして、ほんのりと赤い光がもれるよろず屋を見つける。


 ――よろずやうろんどう?

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