古い本 5
カランコロン。
「あらまぁ、昨日の綺麗なお嬢さん、まだ1日には半刻ほど早うございますよ。言っていただければ取りにお伺いいたしたのに」
店の奥にあるカウンターから昨日の薄ねず色の着物とは違い、深緑の森のような柄の着物の女店主が声をかけた。
「あの、これ、私の知り合いが置いていった物なのでしょうか?」
女店主はその息を切らせながら話す女から目を逸らし、何やら帳面に書きながら答える。
「さぁ、それはある人の思い出の品でとても大切な物だからと置いていってしまった人のものですので、わたくしには、どなたのものか皆目見当もつきませんが、こういう店ですので、どなたかの大切にしていたものであれば、きっと誰かに価値があるのであろうとお引き受けしたものでございます」
「それは、私と同じくらいの年齢の女の人ではなかったですか?」
「さぁ? 存じあげませんが。お気に召さぬものでございましたか? でしたらお戻ししていただければ良いかと思うのですが」
女は女店主が言うが早く
「いえ! 欲しいんです! これが!」
と女は言った。これは私にとって忘れていた何かを思い出させてくれたのですと。
「見た目がいいからとか、評価してもらえるとか、そういうことじゃなかったんだって気づかせてくれた大切な友人のこと、私思い出せたんです!」
「おやまぁ、そうですか、それはよかったです。でも、それは私には関わり合いのないことで」
「だから、これ、これ! 売ってください!私に!」
女店主は奥のカウンターの中で何やら書き込んでいるが、私はそんなことはどうでもいい。
大好物。虚栄心いただきますと長い舌をベロンとだし、女の湧き上がる感情の下に隠れる物を食べた。熟成させた虚栄心ほど旨いものはない。
「おいくらですか!?」
いき急ぎながら聞く女に女店主は答えた。
「私が決めるより早く頂いてしまったようなので、もう充分にお代は結構でございます」
本日の熟成味わい。確かに。
さてさて、次はどんな美味たる物を頂こうか。
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