パチンコ店の男 2

 カランコロン


 男は少し乱暴にドアを開け店内へと入ってきた。そしてあたりを物色しながら、奥へと向かう。


 ――意外に、涼しいな。でも思った通り、ここは骨董屋か? 辛気くせぇ、こんな古い汚いもんいったい誰が買うんだ。変なライトに、汚い布切れ、古くせぇラジオに、きたねぇ茶碗、こんな店いつ潰れてもおかしくねぇな。


 男は心の中で悪態を吐きながら、薄汚いジーパンの後ろポケットに手を入れながら、サンダルのだらしない音を擦り出し、さらに奥へと向かう。どうやらこの男には、このよろず屋うろん堂が、薄汚いリサイクルショップか何かだと思っているようだ。まぁ、それはこの男の心が見ている景色なのではあるのだが。


 ――おっと、こんなに物がごちゃついてたら、歩くのも気をつけねぇと。っと! ちっ! 危ねぇな。なんて入り組んだ置き方をしてやがるんだ。とっとと金借りて、こんな店早く出ちまいたいぜ。


 男はそう言いながら、ごちゃごちゃした店内を歩きすすめ、ようやくものが積み上がったカウンターまでたどり着いた。


 ――チッ、なんだこれは、誰もいないのか? でもそれは好都合、こんな店、きっと防犯カメラもついてねぇや。誰もいねぇなら、さっさとレジから金を盗めばいいだけだ。この奥にレジがあるんじゃねぇかなっと。


 男はそう言いながら、カウンターの上のものを雑に動かして、カウンターの中を覗こうとした。と、その時、


 「あらあら、これは、いらっしゃいまし」


 女店主が店の奥から何やら抱えてやってきた。


 「えっ!!」


  ――やべぇやべぇ、人がいた。よかったぜ。あと少し遅かったら盗もうとしたことがバレちまうとこだった。


 「すみませんね、少し奥で作業をしていたものですから。何かご入用のものでも?」


 ――いるわけねぇだろ、こんなガラクタばっかりの店のものなんか。誰か買う奴いるのか?


 男はまた心で悪態を吐き、横に背けて俯き気味だった顔を少しあげ、女店主を見た。


 ――高そうな着物着てやがるぜ。こんな時期に着物着て、このババァ、バカなんじゃね? 見てるだけで暑苦しいぜ。でも、もしかしたら、ジジイよりババァの方が、騙しやすいか? ちょっと怖そうに言えば、ビビってすぐ金出すんじゃねぇか?


 男は、女店主の美しい夏の着物には全く興味がなく、早くお金を受け取り店を出て、先ほどのパチンコ屋に戻りたいようだ。全く、見る人によって、これほどまでに違うとは。夏の着物をサラリと着こなし、その藍色の着物から少しだけ透けて見える襦袢じゅばんが作り出す涼しげな情緒が、わかる人にはわかると思うのだが。


 「どうかされましたか? お客様。 日はくれたと言っても、まだ外はお暑いですものねぇ。よろしければ、冷たいお茶でもお持ちいたしましょうか」


 「あ、あぁ、いや、いいです。それよりも、俺、ちょっと今困ってることがあるんですよねぇ」


 「はい。どういったことでございましょうか。お役に立てれればよろしいのですが」


 ――これは脅すより、困ったふりして泣きついた方が、出してくれそうじゃねぇか? 手口を変えるか。


 「いえね、ちょっとお金を落としちまって、家に帰るにも帰れないんですよねぇ。それで、ちょっとだけ、金を貸してもらえないかなぁなんて思って」


 「あらまぁ、それは大変でございましたわね。でも、どうしましょう。このお店には、お金が置いてないのですよ」


 「はぁ!?」


 ――金が置いてねぇって、まぁ確かに全然儲かってねぇぼろい骨董屋、いやこれはどっちかというと、なんでも引き取ります的なリサイクル屋かもしれねぇな。この女だけ、変に浮いてやがるけど。しょうがねぇな。時間の無駄だ。引き上げるか。


 「あ、じゃぁいいです。別にちょっと聞いてみただけなんでぇ」


 「あら、大変申し訳ないでございますわね。お役に立てなくて」


 ――待てよ? この女が持ってる金をとっちまえばいいんじゃねぇか?


 「あ、じゃぁ、お役に立てなくて申し訳ねぇっつうんだったら、おばさんの持っているお金貸してくれてもいいんですけどね」


 「申し訳ございません。わたくしは、現金を持ち歩かないのでございますよ。必要がないものでございますから」


 「はぁ?!」

 

 ――必要がねぇって、バカなのか!? それとも俺を追い出そうとして、いってやがるのか!バカにしやがって! 俺がこんな格好してる若い男だからって馬鹿にしてるのか!


 「金がねぇってバカにしてんのか! 今時金がなけりゃ、何もできねぇだろうが!」


 「そう言われましても。本当のことでございますので」


 「ちっ! なめやがって!」


 男は女店主の脅しに屈しない、静観な態度にだんだん腹が立ってきたようだ。まぁ、女店主はそんなことも全く関係ないというような、涼しい顔をして、カウンターの奥で何やら作業を始めたわけだが。


 「おい! 聞いてやがるのか! 本当は持ってるんだろ! 少しくらい金を出せ!」


 ――ムカムカしてきたぜ! この女、なんで俺の脅しに全くの無反応なんだ!


 「おい! 聞いてんのか!」


 女店主が、作業をしながら涼しい声で言う。


 「ですから、大変申し訳なのでございますが、お金を必要としていないもので、持ち歩くことがないのでございます。ですが、ここにある、貴方様に必要なものでございましたら、お貸しすることができるのですが、如何なさいましょうか」


 「はぁぁ!!?? 」


 「こちらでございます」


 女はそういって、男に銀色のアタッシュケースをカウンターの中から取り出して見せた。


 ――え……? それは…………


 男は一瞬戸惑いを見せた。それは男が昔使っていたものにとてもよく似たアタッシュケースだったからだ。


 「こちらでございましたら、お貸しすることは出来ますが、いかがいたしましょうか」


 「い! いるわけねぇだろ! そんなもん!」


 と、男は少し動揺しながら言葉を発したが、その中身を知っている男は、もしかしたら、他のリサイクルショップで幾らかにはなるのではないかと思ったのか、一呼吸おいて、


 「じゃぁ、今日はこれでいい! でも返してやるかどうかは、わかんねぇぞ!」


 と言った。女店主は、先ほどの銀色のアタッシュケースを、雑多なカウンターの一番上に置いた。そして、カウンターの奥で何やら書きながら、男の方を見ることなく、


 「えぇ。大丈夫でございます。もしそれを返したい、もしくは買い取りたいと思われましたら、またこちらにお越しくださいませ」


 と、流れるようにさらりと言った。


 「ふんっ」


 若い男は、鼻を鳴らし、その銀色のアタッシュケースを乱暴に掴み取った。そして、このよろず屋うろん堂を後にしたのだった。

 

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