パチンコ店の男 1

 「ちっ! もうこれだけしか残ってないのかよ! 完全にアウトじゃねーか!」


 この男は、薄汚れたパチンコ店の裏路地で、そう毒を吐いた。もう手持ちの資金は底をつき、今月の給料の全てといっていいほど、パチンコという名のギャンブルにつぎ込んだようだ。財布の中には、残り千円札が一枚と、硬貨が少々。


 私は先ほどからこの男を観察している。なぜ、少ない給料であるにもかかわらず、その全てをギャンブルにつぎ込むのかを、見ているのである。


 ―― もう、これ以上やっても、今日はでねぇな。でも、あと千円はあるし……。もう、どうせこの千円ばっかし残ってても、仕方ねぇか。もしかして、この千円が五万円くらいに化けるかもしれねぇしな。ま、足りないお金はまたあいつから貰えばいいだけだし。こうなればいっちょ最後までやるか。


 男は、なけなしの金をさらにギャンブルに使おうとしているようだ。ガチャガチャとうるさい店内。店員がマイクで叫ぶ、何番台フィーバーですの声。この男は、自分もその何番台にあと千円でなろうとしているのだろうか。


 だがしかし、そんなわけもなく、この男は、なけなしの最後の一枚の札も失ってしまう。


 私は興味を覚えた。このギャンブルの、次こそはと思う取り憑かれたような感情に。今まで味わったことのない感情だ。いや、もしかしたら、今まで食べた中にも、どこかにエッセンスとして多少はあったかも、だが。


 薄汚いパチンコ屋を出たこの男に、私はあの店に向かわせてみてはどうかと思った。あの、仄暗い中で薄気味悪い光を燻らせる、「よろず屋うろん堂」へ。


 私は、男の歩く後ろを闇に身を潜めながらついていき、そして、履いていた汚いジーパンのポケットに入っている、もう硬貨しかない財布をそっと引き摺り出して、あのよろず屋のある細い通路へと放り投げた。


 ―― はぁ?? なんで財布がこんなことに飛び出るんだ! ちっ! 全く今日はほんとついてないぜ! …… ん? なんだあの店は……? あんな店、こんなところにあったか? ……ふっ、どうせしけたジジイがやってる店だろうな。あんなボロい店。そうか、その店のジジイに金を借りて、いやぁ、返す気はねぇけど、ジジイから少しばかり金をもらって、またさっきの確変手前の台に戻りゃあいいんじゃねぇか? 稼ぎすぎたら、かわいそうだし、返してやってもいいしな!


 男は、私の思惑通り、「よろず屋うろん堂」へと行き先を変えたようだ。しけたジジイが、そこにいるのかは別として。男は店の前でその店名を読み、小さく呟く。


 ―― よろず屋うろん堂……? 見たとこ骨董屋かなんか……か……?


 そして、そのギャンブルに心を奪われた男は、その扉を押して、中に入ったのであった。


 


 

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