来談者 祖母

 「本当に先生のおかげです。ありがとうございました」


 ――いえいえ、そんなたいした事はしていませんよ。


 「でも、先生のお返事のおかげで、少し前向きになれたような気がするんです。あの子は小さい頃に両親を亡くして、それからずっと私と二人暮らしをしていますが、なんと言うか、周りに気を使いすぎてしまってるような気がいつもしていましたので。でも、そう言う私も、あの子が寂しい思いをしないようにと、それなりにやっぱり気を使っていたんだと思います。不便な思いをしてかわいそうな子にならないようにと、いつも思っていました。だから、あの子は自分の感情をうまく出せなくなっていってしまったような気がしているんです」


 ――確かに、山崎さんが言われるように、他人からかわいそうな子と思われるのは、あまり本人は嬉しくないかもしれないですね。


 「そうですよね。そうなんです。そうなんだってわかってるんですけれど、でもどうしても不憫に感じてしまう時があって。例えば、授業参観で親子で何かするような時あるじゃないですか。そういう時もみんなはお母さんだったりお父さんだったりするのに、私だけいつもおばあちゃんみたいな感じがなんとなく伝わってくるんですよ。でもそれを私に感じさせないように、やけに嬉しそうにしているような気がして。それもまた不憫で。この不憫でと思う私が、きっといけないのだとはわかってるんです。でも、やっぱりどうしても、かわいそうになってきてしまうんですよ」


 ――そう思われるのは、大変よくわかりますよ。近くにいればいるほど、そう思ってしまうのは、皆さん大体そうかもしれません。


 「そうですよね、私みたいな立場になったら、思わない方がおかしいですよね。息子がお嫁さんと一緒に車で事故にあった日。私はあの子と一緒に家でお留守番をしていました。まだ一歳の時でした。ママは?パパは?とまだ喋れないあの子が呼んで探しているのです。私はそんなあの子の気を紛らわせることに必死になって、ばぁばとふたり、楽しいね、嬉しいねって言って、そばにいました。でも、私も同じように辛かったのです。愛する息子も、そのお嫁さんもいなくなってしまって。自分より先に、息子が死んでしまうなんて、思いも寄らない出来事でした……」


 ――山崎さん、どうぞ、ゆっくりでいいですから、どうぞ、そのまま。


 「はい。すいません。もうとうの昔の話なのに、おかしいですね、もう乗り越えてきたと思っても、やっぱり悲しみは消えないのですね」


 ――もちろんですよ。悲しむ事は悪いことではないじゃないですか。涙も流さないと、それこそ本当に枯れてしまいますから。


 「クジラ先生、本当にありがとうございます。こうやってお話を聞いていただけて、ありがたいです。家に帰るまでにはきちんと元どおりの顔にならなくちゃいけませんね。あの子が心配をしてしまいます」


 ――もしかしたら、心配してもいいのかもしれませんよ。だって、おばあちゃんも人間だから。悲しくて泣いてる、そんな姿も、たまには見せてあげてもいいんじゃないですか? 僕はそういうところも含めて一緒にいるのが家族だと思っていますよ。


 「本当そうですよね、そうなれたらどれだけ楽かわかりませんね。いつかそうなれるように、私ももっと強くならないと。話して泣いたら、少し楽になった気がします」


 ――そうですか、それは良かった。とてもいい笑顔をいまされていますよ。


 「ありがとうございます。先生のおかげですね。美子共々、本当にお世話になりました」


 ――いえいえ、でもそう言っていただけて、嬉しいですよ。お話をただ聞いてるだけなんですけどね。僕の方こそ、いつも美味しい手作りのお惣菜いただいてしまって。助かります。


 「先生も、そろそろご結婚されてもいいかもしれないですよ。いい人はいないんですか? あ、もしかしてこっそりともうご結婚されているとか」


 ――とんでもない、いませんいません。僕はもうこの歳ですし、なかなか。それにほら、カウンセラーって、なんか、心の中みられてるみたいで嫌だそうですよ。昔付き合っていた彼女にはそう言って言われてふられてしまいました。ははは。昔の事とはいえお恥ずかしい。


 「先生は優しいから。いつか運命の出会いがあるといいですね。そして、その人とずっと一緒にいられたら、それ以上の幸せはないですよ。うちは夫も早くに亡くしてしまいましたから。家族は美子だけ。そう、美子だけなんですよね。気を使いすぎながらこの先も生きてくなんて、私もあの子もきっと辛いですよね、今日から気を使わないでを気をつけてみます。あれ、なんか今おかしかったですね。ふふふ」


 ――いいですね、その調子ですよ山崎さん。


 「そうだ、先生、私いいことを思いつきました。美子と二人きりになるまではやっていたんですけれど、実は、私、二十歳の頃から――



 山崎さんはそう言って、僕に今まさに思いついたアイデアを話した。僕はもちろん、それはとてもいいと思いますよ。と彼女に伝えて、この日のセッションは終了したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る