第二十三話 本当は?

「あー飲んだ飲んだ」

「せめてベッドで寝てくれないか」

「分かっているよ。君の背中で寝こけたりなんてしないとも」

 背中から滑り落ちるようにベッドに落とされる。少し前までただの石の台だったベッドは藁と布で驚きのふかふかぶりを発揮していた。ぼすっと音を立てて寝転がっているとカシテラが暖炉に火を入れようとする。


 洞窟の良いところは気密性が高いところだ。一度温かい空気が出ればそう簡単には逃げない。ほんの少し扉に隙間を空けておけば換気もできるし。

「……ん、おかしいな」

「どうした?」

「薪がしけっているのかもしれない。上手く火がつかないんだ」

 見ればカシテラが何度も火打石を鳴らそうともそれは着火材の藁を焦がすだけで、薪へ一向に火が燃え移らない。木の乾燥が悪いのか。勢いが足りないのか。


「貸してみろ。こういうのは勢いよくつけるに限る」

「? どうするんだ」

「こうする」

 取り出したのはあの日カシテラと初めて会った時、絡んできた男の宝石だ。

 赤の煙を吹き込んだような色。屈折型の「欲望の灰水晶ディザイアスモークォーツ」。


 それにほんの少し魔力を込めてから暖炉に向けて放り込んでやる。瞬間、ぼうっと炎が上がってかと思えばあっという間に薪を包み込んだ。


「それは、前に貴方が還した―――」

「そ、あいつらの。形も小さいし出力もそこまで高くないが、こうした火種くらいなら役に立つ」

 ぱちぱちとはぜる音が聞こえてきたなと思えば薪を燃やす匂いが漂ってきた。火の熱気が少しずつ部屋を暖めていく。


 部屋を包み込んでいく熱気に一つ欠伸をこぼした。


「あー、やっと温かくなった」

「………すごいな。宝石と言うのは」

 どっかりと暖炉の前に座りながらカシテラが言う。炎のオレンジが奴の黒い毛先を明るく透かしていた。目の前の炎をじっと見つめながらカシテラは続ける。


「美しく、時にこうして温めることもする」

「使い方を間違えれば凶器そのものだけどな」

 火にあたろうと隣に腰を下す。熱気を感じたくてフードを後ろに流すようにして落とした。


 宝石は使う者次第で表情を変える。凍えた体を温めるような力がある一方で、大火災だって使いようによっては引き起こせる。

「そのどちらの面を引き出してやるかは使い手次第だ。宝石はそこにあるだけならほとんど害なんてないものだからな」

 ミメットが私を殺すために使ったのも宝石。これまでに何度も命を救ってくれたのも宝石だ。


 その美しさに時々忘れてしまいそうになるけれど、私が使っているのはカシテラが持っているような剣と何ら変わりない。使いようによっては大勢を殺すことになる凶器なのだ。

「……貴方の、それも護身用の宝石か?」

 そう言ってカシテラが指したのは今着ているマントの合わせの部分。ブローチで止めてあるところだった。


「ああ、まあそんなところだよ」

 君には効かなかったけどな、と言いながらブローチの表面を指でなぞる。これは母から譲られた、使ブローチだ。


 濃い緑色をしたそれに、控えめな銀の細工。表面を滑らかに加工したと言われたそれは傷一つなく、マントを飾っていた。認識阻害の魔術はこれに魔力をため込んで常日頃、外に出る時は必ず術を絶え間なく発動させる。


 そうすることで大体の人間からは私をしょぼくれた小男に見えるようにできるし、なんならこのブローチだって見えないようにできる。


 だからまんまとそれを見抜かれた時は焦ったものだ。

「変に大声で言うもんだから本気で心臓が止まりかけたぞ」

「それは、その……失礼をした」

 変に真面目くさった表情でそう返してくるカシテラは普段より一回り小さく見えた。鎧を着ていないせいだろうか。


「自分は、よくこうなるのだ。己の真に従おうと意気込んで余計なことをする」

 鎧のせいだけではないようだった。どうやらこの騎士は珍しく少し、いやかなり落ち込んでいる。


「貴方に会った時も、そうだ。下手な詮索をしたせいで……」

「お、おいそんなに落ち込むなよ。君らしくもない」

「らしくない……そうだろうな。自分は押しつけがましさだけが取り柄のようなものなのにな……」

 なんだか面倒なループに入ったような気がする。力ない笑みをこぼし始めたカシテラに、私は一つため息を吐いてから仕舞いこんでおいたものを取り出した。


 本当はもう少し、きれいなのを見せたかったけど。


「………見ろ。これ」

「これは?」

 無骨でまだ小さいサイズの紫色。まだ指先に乗るほどの小ささで、正直言われなきゃ何かも分からないだろう。きょとんとした様子のカシテラに気恥ずかしさで頭に手をやりながら私は言った。


「宝石だよ、一応。私が一から作った」


 その一言に騎士の目が真ん丸に見開かれる。私の顔と小さな粒を忙しそうに見比べた。


「ほ、宝石を、一から? 本当か?」

「……まあ、まだ小さいし形も色もちょっとあれだけど。正真正銘の人工宝石だ」

 元からある宝石を解析して、そこから宝石の形になるようにただの鉱石を組み立てたもの。だから宝石の真似事のようなものだけど、それはこれから精度を上げていけばいい。ゼロが一になるのは大きな進歩なのだ。


「君がいなかったら、もっと遅くなってたさ」

 ほとんど押し付け気味ではあったけど、彼が身の回りのことをやってくれたおかげで研究に集中できたのだ。だからそんな顔で落ち込むな。迷惑もあったがこれがこんなに早く完成できたのは君のおかげでもあるんだから。


 そう言うと子どものような顔でカシテラはこちらを見つめていた。見透かされるような視線に堪えられなくなって背を向ける。

「あ、あー。もう眠いからな、そろそろ寝るとするか。君も宿があるなら早く帰れよ。まあ、適当なとこで寝ても構わないが」


 わざとらしく咳ばらいをして、視線の先のベッドに足を向ける。

「ああ」

 騎士がそう答えた瞬間だった。




 ――――――閃光。


 ばちりばちりと目がくらむ。


 寒い、ような。熱い? どっちか分からない。


 背中、が。


 ………なんで、私。


 振り返った先にカシテラの顔があった。

 

 銀の剣先に血をこぼしたまま、柄にはめられた宝石がギラリと光る。その顔は、歪に笑っていた。

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