第五話 南の異民街
ラル王国には二つの街がある。一つは王族の住まう城と富裕層が済む北の街。
そしてもう一つは他所から流れた者や人ならざるが故に迫害される者たち、異民が巣くう南の街。
国を二分割する二つの街は互いを忌み嫌っている。北は南を醜くおぞましいものと扱い、南は北をお高くとまった成金連中と考え汚いスラングを吐き散らす。
私が向かうのは、南。人ではない私でも覆い隠してくれる混沌とした掃き溜めだ。
※※※
「ああ、ルネ。帰って来たのか」
古い粘土で固められた壁に乱暴に使われたのであろうへこみが付いた木製のドア。軽く押すだけで悲鳴のようにキイキイ鳴るそれをくぐれば見慣れた酒場の光景が広がっている。
申し訳程度の椅子とテーブルに日の高いうちから安酒を流し込む姿。角に羽根、獣人から亜人まで異種族の博覧会のように部屋にひしめいている。
その中で私に真っ先に注意を向けたのは中央カウンターの内で気だるそうに煙をくゆらせるオークのレイジャ。
「うん。はいこれ」
「おー……なんだ今回は随分少ないな」
「これでも見つけられたほうだ」
怠そうに腰掛ける仲介人にあの男たちから取った鉱石を差し出す。じゃらりとそれを手のひらにあければ、女嫌いのオークは指先で一つ一つ確認しながら話しかけてくる。
「お前と一緒に行った奴らはどうした」
「知らん。途中で面倒にでもなったんじゃないか」
「ふうん。ま、珍しいことじゃないわな」
数え終わり、レイジャは店の袋から硬貨を取り出す。私たちのような南の異民は基本仲介者を通し仕事を貰う。雇用を安価に済ませたい者や身の危険があるもの、北の人間がやりたくないことがこちらに回される。
と、待っている間にエルフ語訛りの言葉がまくしたてるように飛んできた。
「オ前、ダークエルフ舐めてるト痛い目にあう。分かルか? 斧でボコっ。オ前の頭パカっよ。分かルか? 割るカ?」
「ひ、ひいいっ‼」
「分かったラはやくカネ出せ。二度ト舐めルなヨ」
足元を見る相手を間違うとああなる良い手本だ。ダークエルフのスパイラはぎらつく斧をちらちらと見せ、新顔の仲介者を青ざめた顔で硬貨を追加した。しかし彼女が「そんなものか」と斧を振りかぶれば相手は慌てて新しい硬貨を出した。眺めているとレイジャが今にも「うわあ」と言いそうな表情で佇んでいた。
「あいつスパイラに吹っ掛けたのか」
「ああ、つい最近来た奴なんだが……ありゃケツの毛までむしられそうだ」
褐色の肌に肉付きのいい肉体。初めて彼女を見た奴は基本ダークエルフの外観的特徴に夢中になる。だが話せば分かる通り中身は異常なまでに好戦的かつ強欲。甘く見て足元でも見ようものなら着ている物どころか毛の一本まで毟られるのは南じゃ常識だ。
遂に仲介人の財布を丸ごと手に入れたらしい彼女はこちらに気づくと手を振って近づいてくる。
「よ。毟るのもほどほどにしておけよ」
「ふん、あいツが悪イ。そレより、この前ノ鉱石鑑定。ルネの言う通リダッた。礼を言ウぞ」
「それはどうも。見積もりより高く売れたろ」
「ああ。まタ頼ムよ」
相手がどうなったかなんて聞かなくても分かる。にかっとスパイラは快活な笑みをこちらに向けた後、席を離れた隙にこっそり逃げ出そうとしていた仲介人の首根っこを捕まえに行った。
彼女は付き合い方を間違えなければ気のいいダークエルフだ。魔力のせいでこちらの正体を見抜かれこそしているが変な詮索もしてこない。こうした根回しはいずれ便利に使えるもの。こうして繋がりを作るのも悪くはない。
彼女が席を立った後、次に声をかけてきたのははレイジャだ。いかつい顔を申し訳なさげにしながら言う。
「っと、待たせたな。ほれ」
転がされた銅貨一枚、最低賃金の半分を受け取る。レイジャはすまなそうなポーズだけを取りながら、いつもと同じ謳い文句を口にする。
「すまんな、今は硬貨の替えがなくて。これだけ取って置いてくれ」
この相手ならこれでもいいとよく観察しているのだろう。こう言ってはいるがもう半分の硬貨が支払われたことはこれまで一度もない。レイジャは南の古株だから冷静に相手の足元を見ることに長けている。節約できる部分を節約する、南でのうまい生き方だ。
「どうも」
特に何も思わずに差し出された硬貨に手を伸ばす。だがその瞬間後ろからぬっと出てきた腕がそれを遮った。
見覚えのある銀色に体がびしりと固まる。
「店主。それは聊か少なくないだろうか」
「なんだ兄ちゃん………って、はぁっ⁈」
「足元を見るにしても最低分は支払うべきだ」
――――なんで着いてきてんだこいつ⁈
後ろから口を挟んできたのは坑道で別れたはずの聖堂騎士だ。酒場の空気が一転に此方へ集中するのが分かる。しかしそんな居心地の悪い空気を他所に、こいつはぐいぐいと話を進める。レイジャが勢いに押されながらもへらりと笑みを浮かべた。
「何をおっしゃいます。南ではこれが相場です。北の聖堂騎士様には分かりかねるかもしれませんが」
「自分も元は南の出身だ。ガレナ様に拾ってもらうまではこちらで暮らしていた」
だがはっきりとした口調がレイジャの表情が固くなった。
「ガっ、ガレナって教祖のガレナ……」
冷汗をかいているようにも見える店主を他所に、騎士は話を続けた。
「話を戻そう。店主、自分が覚えている限り最低の賃金は少なくとも銅貨二枚だったはずだが。相場が大きく変わったのか?」
「……………いいえ、ああそうだ! 前の客が置いてったやつが余ってるんだった!」
レイジャの顔にはでかでかと「面倒くせえ」と書いてあった。銅貨をもう一枚カウンターに滑らせると帰れと言わんばかりに椅子に腰かけ直す。だが騎士は尚も食い下がった。
「それにこの価格、あの宝石の値段も――――」
この
「お――っと騎士様‼ そろそろ行きましょうか!」
「は、え?」
「じゃあなレイジャ! またいずれな!」
目を白黒させた様子の騎士を強引に引っ張りながら外に出る。周囲から刺さる視線にフードを深くかぶり直しながら小声で騎士を詰めた。
「おい、なんであんたみたいなやつがこんなとこにまで来てんですか。とっとと帰ればいいじゃないですか」
「いや、貴女に是非聞いてほしいことがあってな」
「私は無いです。ではさようなら」
「実はな」
聞いてねえ――――。こいつ都合の悪い部分まるっ聞かなかったフリしやがって。置いていこうにも悲しいかな、騎士の方が背も高いし足も長い。いくら私がちょこまか逃げようとも騎士には数歩で事足りる。
「――――なあ、聞いたか? 城の方で」
「ああ。またアダム様が御触れをだしたって」
「探し人だろ。莫大な賞金まで出してよくやるよ」
………不吉な話まで聞こえてきてしまった。ただでさえ目につく奴を連れているのだ、とにかくここを早く離れたい。
「実は貴方を」
「………あ―分かった分かった分かりましたよ! とにかくここじゃ目立つんで!」
やりたくはなかったが仕方がない。まだ話半分の騎士をの腕を引っ張って自分の住処へ駆け出した。住居を晒すのは癪だが、こんな奴南のどこでだって目立つに決まっている。
「あのお人も良くやるよ。もう九十年ほど昔のことだろうに」
「馬鹿、あの人が人なものかよ」
私たちが駆けだした後ろ、通行人に紛れるようにいる一人の影。
「――――対象を発見しました」
その怪しげな姿に慌てていた私が気づくことはついぞなかった。
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