第六話 宗教勧誘

「で、何の用ですか」


 南の外れも外れ。山を背にした洞窟の中。適当に手を入れて住めるようにした我が家に入る。きょろきょろと見渡す騎士を放置し、ベットに腰をおろす。ここに客なんて来ないから椅子なんて自分用のしかない。驚愕したような「ここが……家?」という声が聞こえてきた。失礼な、雨風凌げるし意外とあったかいし住みよい空間なんだぞここは。


 早く帰ってほしい思いを込めてとげとげしい態度を取ってみるものの、それで帰るようならあそこで口を挟んだりしないのだ。思った通り意にも介さず騎士は言う。


「その前にもう一つ聞きたいんだが」

「……あの宝石なら売りませんよ。別の用途に使うんで」


 そう言えば騎士は目を丸くする。私の予想通り、坑道で見つかったのは希少な宝石の塊だった。今まで壁の中にでも埋まっていたのか北の手からも今までの鉱石掘りの手からもうまく逃れたらしい。


 あんなでかいの持ち帰れるわけないのでほんの少し拝借して後は坑道に隠してきた。しばらくは研究材料に困らなそうだ。しかし騎士は首をかしげる。私がしたことがどうにも腑に落ちないらしい。


「宝石を何に使うんだ?」

「それはほら、カットでどんな反応が起こるかとか種類の判別とか」

「…………ふむ?」

「――あんた、ひょっとしてですけど。宝石の加工とか分かってない感じですか」

「うむ! 恥ずかしながら座学はさっぱりでな!」

 胸を張るな胸を。威張るなそんなことで!

 

 はっきりと言ってのける聖堂騎士に頭を抱えたくなった。ラル王国は鉱山を背にした有数の宝石国。そこでしかも騎士をやっているのに知らないやつがるなんて。

「もしよければなんだが」

「はいはいはい。教えますよ」


 もう本当にこいつ面倒くさい。しかし興味津々といった様子のまま本題を切り出さないところを見るとどうせ聞かなきゃ動かないのだろう。私は教師じゃないんだぞ。そう思いながらも仕方なく話し始めた。


※※※


「まず宝石には大きく分けて二つあります」


 一つは魔力を保持することに適した「守護型」。魔術師の杖や呪文を記した本などに使われるものだ。硬度が高く加工がしやすい。


 そしてもう一つは魔力を爆発的に増やすことに適した「屈折型」。

「守護型が魔力を保持するのに対して、屈折型は宝石内で魔力を回して増幅させます」

 柔らかく加工の難しい屈折型だがその爆発力はすさまじいもので、軽く魔力を込めたものを投げつけるだけでとんでもない威力になる。それこそ珍しい屈折型をを使えば、魔術を覚えたての子どもでも家一つ吹き飛ばせるだろう。


 私の言葉に騎士の目が丸くなる。

「そ、そこまでか⁈」

「そこまでです。それにカットによってはこれ以上の効果だって見込めます」

 例えば守護型の宝石の表面を滑らかな球状に仕上げることでより長く魔力を留めておくことができるようになるし、屈折型であればより魔力を増幅するように面を増やすファセットカットを施せば威力の倍増が見込めるだろう。


「軽く説明したらこんな感じです」

「なるほど、よくご存じだ」

「基礎中の基礎ですよ。あんたが知らないだけだ」

「うぐっ……申し訳ない」


 さあとっとと本題に入れ。そして帰れ。その思いを込めて騎士を見つめれば、彼はどうしてか「決めた」と叫んだ。


「あの坑道で見た奇跡の力。そしてその知識。申し分ない!」


 おい待て。今こいつなんて言った。坑道で見た奇跡の力?

「申し訳ないがなんのことだか」

 動揺を見せないようににこりと笑みを作った。しかし、次の言葉にハッとなる。


「何を言う! 坑道の中でだろう。あれが奇跡でなくなんというのだ」 


 まさかこいつ、あの秘術を使う瞬間を――。さあっと顔が青ざめる。あれは人ならざる者だけが使える術だ。それが見られたと言うことは自分の正体を明かしているようなもの。


 ようやっと住みいい暮らしを手に入れたというのにまた追われるのか。頭をよぎるのはあの日の光景。


 ――――逃げて、早く逃げなさい! ルネ!


 自分を逃がそうと叫ぶ母親の姿。そして、逃げる途中で見た目を覆いたくなるような光景。私をまっすぐに指さす、あの娘の顔。

 警戒に身を固くする。けれど出てきたのは予想を反した言葉だった。


「うむ、やはり貴方は我が教団に来るべきだ!」

「………は?」


 突然のことに頭が軽いパニックを起こしかけていた。秘術を奇跡の力と言い張る騎士は私を置いて爽やかに笑う。


 もっと複雑な渦が私を飲み込もうとしているようだった。

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