第二話 ひょっとしてイノシシの化身ですか?
今の状況を言い表すのなら、空気がびりびりで男たちの命が危ない。以上。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
いやいやいやいやいや、即座抜刀はあまりに苛烈が過ぎる。ここで血しぶきを浴びるなんて御免だし、なによりこの騎士に助けてもらうのは後々面倒になる気配がした。
もちろん今目立つことだって避けたいし、本音を言うならこっそり逃げたい。でもそんなことをして翌日坑道から死体が出ましたなんて笑えない。私でも入れる希少な坑道の一つが人死にで行きづらくなるなんて嫌だし後味が悪い。
「ほ、本当に誤解なんです。ただ教えてもらってただけで、本当にただの報酬ですから」
私の一言に男たちの首がこくこくと実をしならせた草のように揺れる。こういう時ばかりは自分たちの欲望に忠実なのが大変助かる。何もしなくても話が合うので大いに結構だ。
三人で縋るように騎士を見つめる。お願いします見逃してください。だが騎士は哀れむように私を見た。
「ここの鉱石について教えてもらっていて、だから何も問題は」
「いいえ、何も言わずとも分かる。脅されているのだな」
「……へ?」
本当の間抜け声が出た。いや、脅されてもいないしなんなら今この二人がお前に脅されている側だが。しかし私の表情など意にも介さず騎士はきりりと表情を引き締める。
「卑劣な手に震えて。可哀そうに」
「いや、あのだから違って」
「嘘をつかずとも、今すぐに片づける。……ああ、少々飛び散るかもしれないががご容赦を。まだ人間相手にこの剣を振ったことがないからな」
ひょっとして私が人間って思ってるだけでイノシシの可能性ある? あんまりにも話を聞かない猪突猛進っぷりに頭が誤作動を起こし始めている。もうこいつ鎧着たイノシシなんじゃ?
暗に手加減はできません宣言をされた二人はもう顔面大洪水だ。穴と言う穴から水分が出ている。そりゃあ会って間もない人間から剣と殺意を向けられれば誰だってこうなるだろう。
驚きを通り越して呆れかえっている私が脅されて震えあがっていると解釈したらしい騎士は、少しぎこちない笑みを私に向けた。
「だが安心してほしい。このカシテラ、薪割りで失敗したことはない!」
つまり「絶対に一撃で仕留めるので安心してください」ってことだろうか。
笑顔で放たれた含みのある一言にごろりと薪が転がっている様を想像してしまう。もはや子どものように泣きだしてしまった男二人に堪えかねた私の「お願いしますから話を聞いてくれ!」の一言でようやっと騎士は剣をおさめてくれたのだった。
※※※
「本当によかったのか。あれだけで」
「……言いも何も、普通剣抜きますかね」
再三私の口から説明した後、巻き上げた硬貨の返却と謝罪でどうにかことは収まった。怯え切って大人しく私の後ろで首を振るだけだった二人だが、許してもらえると分かって安心したのか、軽く悪態をつきながら坑道の奥へと逃げていったところだ。
「あの様子だと彼らはまた同じことをするだろう。報復に来るとしたらあなたの身が危険だ」
その危険が起きないようにしてたのが今の一瞬で台無しになったんだが、とは言えない。あの手の奴はどれほど怯えさせても同じことを繰り返すのだ。なら、下手に反感を買わずに立ち回るのが賢いやり方だと私は思う。
もう会わないように気を付けるのでと、やんわり言うと騎士の吊り上がっていた眉がハの字になった。
「しばらくは自分があなたの護衛について」
「いいえ。その姿からして名のある騎士様でしょう」
さっきちらっと聞いたがミーネ様と言っていた。ならカシテラというこの男はこの国で力を持つ教団関係者だろう。男たちも聖堂騎士と言っていたし。
そんな歩く売名行為みたいなやつと一緒にいるなんて冗談じゃない。にこりと笑って断れば案外幼い顔がしょぼくれる。さっきまで肌を突き刺す様な殺気を放っていた人物と同じとは思えない。
「この度は助けていただきありがとうございました。では」
「あ、待っ――お名前は!」
「騎士様の耳を汚すだけですので」
礼だけを言って私もそそくさと立ち上がる。あの男二人と同じ方向には行きたくないが、出口はこの大きな騎士が塞いでいるのだ。諦めて奥へと向かうことにしよう。
少し奥まで歩いていって、追いかけてこないのを確認してから胸をなでおろした。確かにあいつがあの男たちを切ってしまえば私の安全は確保される。だが同時に騎士に借りを作ることにもなる。これは私の持論だが借りなんてものは碌なことにならないから、作らないのが賢明だ。
完全に騎士が見えなくなったところで無意識に詰めていた息を吐きだした。坑道特有の埃と土の冷たい匂いが肺を満たしていく。
「………あー、びっくりした」
ようやく心臓が落ち着いた。落ち着いたら落ち着いたで、今度は騎士の目が瞼の裏に浮かんでくる。逸らされない、こちらの本質ごと射貫くような目。ああいう目はちょっと、いやすごく苦手だ。
特にああいう、本性すら暴かれかねない目は。
ぐるりと思考が煮詰まったところで首を振る。やめやめ。考えない考えない。ごちゃごちゃと余計なことなんて考えなくていい。今はただ鉱石掘りとして仕事をすればいいのだ。
変なことなんて考えず、自分がやるべきことをやろう。そう思い一歩踏み出した時だった。足の裏に硬い物を内包した柔らかなものを滑るように踏む、ぐにゅんとした感覚が伝わる。
「うえっ⁈ 今何か――」
唐突な感触の気味悪さに思わず飛びのいた。一体全体何を踏んだんだと思い下を向いて――――――、思わず目を見張る。
そこにあったのはさっきまで動いていたものだからだ。
「は、なんで………」
―――――坑道に転がされたあの男二人の、死体。
恐ろしい物でも見たかのように、恐怖で固まっている二人に私は声を上げることも忘れていた。あの一瞬、音すら聞こえなかったのに彼らに何が起きたのか。ぴくりとも動かない目はまっすぐに虚空を見つめていた。
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