第一話 ただただ逃げたい
目に眩しく輝く銀の鎧に、黒い髪と目は男の頑なさを表しているようだった。
突然現れた騎士は私から金を巻き上げた二人を強い眼差しで睨みつける。黒の眼力には心根すら見透かしかねない強さがあり、さっきまで笑っていた男二人が迫力のあまりに口を閉ざしてしまうほどだった。
「もう一度聞く。お前たちはそこの女性に何をしていた」
「何って、誤解ですよ騎士様! 俺たちはこいつに坑道を教えてて。謝礼金ですよ謝礼!」
「そうですよ。それに確かにこいつは細っこいけどちゃんと男ですって。やだなあ、乱暴なんてそんな」
どの口が言うんだと思うが今はそんなこと言ってる場合ではない。そうだ、言ってやれ荒くれ者一と二!
この私の外観をパッと見て女だと思い込んだまぐれの可能性もある。そうだ「あ、よく見たら間違いだった」と言え騎士。金を巻き上げられるのも面白くはないが目立つのはもっとごめんだ。心の中で顔の前で手を振る二人にエールを送る。だが私の願い空しく男はきっぱりと言い切った。
「何を失礼なことを。フードで隠れているが華奢な体躯にその喉の細さ、女性に間違いない。第一聞こえた悲鳴は女性のものだった」
こいつ術効いてない。今ので分かった。確信した。
弱いものは食い物にされる南の異民街だ。性別での面倒ごとを避けるべくそこら辺の擬態はたっぷり念入りにした。だから大体の人間、つまり魔力無しには冴えない小男ほどにしか見えないはずなのに。頭を抱えたくなった私を他所に騎士はさらに続ける。
「いくら暗がりだからと言ってこのような銀髪の乙女を言うに事欠いて男扱いとは。言い逃れをするために偽ろうとするなど」
「………おと、め?」
「ぎんぱつの? おとめ?」
個人の容姿を恥ずかしい感じに表現しないで恥ずかしいから。ほら目が点になってるじゃん。「何言ってんだこいつ」って視線が語ってるよ視線が。さらに私と騎士を交互に見比べるからさらにいたたまれない。
そして遂に思考を「あ、この騎士は頭と目がおかしいんだな」に完結させた男は哀れむように騎士を笑った。
「はははっ可哀そうに、騎士様は心を病んでおられるようだ。まあ騎士ってのは男所帯らしいからな。間違えちまいたくもなるのかねえ」
「………何を言っている」
「そうだな。こんな貧相でみずぼらしい小僧を女と間違えるとは。聖堂騎士様と言えど女に飢えているらしい。俺なら本当に女でもごめんだな」
もうどうでもいいから家に帰りたい。とりあえず何も考えすに惰眠むさぼりたい。
数十年家に籠ってきて、ここ数年でようやく異民街での活動も始めた所だったのに。どうしてこう盛大にこけるのか。お願いだから適当に女を買う方向にでも連れて行ってほしい。とにかく面倒ごとはごめんだ。碌なことがない。
男たちはそんな私の声を知ってか知らずか、騎士の肩へと腕をまわした。
「へへ、まあ騎士様がどうしてもってんならいい女を紹介しますよ。仲介料もお手頃にさせてもらいますんで、ええ」
「本物を見りゃ騎士様もこんな野郎を相手になんて気は――――」
助けてくれたのはありがたいことではある、面倒が絡みそうなら話は別だ。心優しい騎士様には悪いが「彼らの言う通りです」とでも言って帰ってもらおう。
しかし私がそう思うのはあと一歩遅かったらしい。
「――――その口を閉ざせ。今すぐにだ」
急に吹いた風が鋭く私の横を通り抜けていく。見れば目の前にはがちがちと歯を鳴らしながら「あ」しか言えなくなった男が二人いた。対照的に静けさを纏った男は巨大な剣を少しも揺らすことなく静止させながら言う。
「お前たちにも生活があるのだろう。恥ずかしいことにこの国に自分たちの目はまだ行き届いていない。お前たちのような間違いを起こす者もいるだろう」
切っ先、が。通常よりも大ぶりな剣の切っ先は寸分の狂いなく男たちの鼻先にぴたりと突き付けられている。静かに言葉を紡ぎ続ける騎士は、黒い瞳で男たちを捕らえていた。
「だが、お前たちはミーネ様も許さないであろう罪を犯した」
「ひっ⁈」
「弱きものを食いものにすること。そして、あろうことか姿かたちを辱めたこと」
鋭いそれは少しでも掠めればすぱっと鼻先なんて切れてしまいそうだ。言葉を忘れたように固まっている男たちに騎士はドスの効いた声で言った。
「自分は男としてではなく人間としてお前たちを許すことができそうにない」
暗がりに銀だけが凶暴な光を弾く。狂ったように悲鳴を上げ始めた二人を騎士は冷たく睨みつけていた。
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