やさぐれ半吸血鬼の宝石秘術~熱血騎士はお帰りください~

きぬもめん

プロローグ

 じりじりと距離を詰めてくる同業者にぬるい笑みを返す。これで何度目だろう。


「どうしました、何かご用事で?」

「いやあ、なあ?」

 ひげ面男の二人組。一人が同意を求めるように後ろを向けば、もう一人は同調するように頷いた。芝居がかった声が坑道に反響する。男はまた一歩距離を詰めた。


「俺たちってひっでえ貧乏でさあ。鉱石掘りでいっちょ宝石で派手に当ててやろうかと思ったがそううまくもいかない」

「あんたも分かるだろ? 仲介のピンハネも酷いもんだ。金なんてちょびっとしかねえ」

「はは、まあ安いですからね。この仕事」

 愛想笑い交じりの言葉に男たちの顔が待っていましたと言わんばかりに歪んだ。恐らく笑っているのであろうそれを、脳が笑顔と認識するのを諦めたようだ。 


「だからよう、恵んでくれよ。な?」


 岩壁に追い詰められるように距離を詰められる。ここに来る前に一杯ひっかけたの

か安酒の臭いに鼻を抑えたくなった。追い詰められていると言いたいのなら酒臭さくらい抑えるべきだろうが。


「め、恵むって……お金ですか?」

「察しがよくて助かるね」


 というか酒飲む余裕はあるんだな。そう思いながら怯えた声を作った。紺のフードを深くかぶり直し、視線を下げる。おどおどと追い詰められた兎に。嗜虐心と征服欲を心地よく満たしてやる。しばらくは顔も合わせる可能性がある同業者だ。事を荒立てると自分に帰ってくるものだし。

 

 予想通り、男どもは下卑た笑みをさらに深くする。品定めが済んだのだろう。

「なあ細っこい兄ちゃんよ。痛い思いはしたくないだろう?」

「そうだそうだ。ちょっと掴んだら簡単にぽきっ、なんていっちまいそうだもんな」

「ひ、ひいいッ!」

 いるのだ。こういう鉱石掘りの仕事の安価さに嫌気がさして、結局同業者から巻き上げる方が早いと思い込む人間は。


 尻もちをつきながら震える手で硬貨を差し出す。その時、見える位置に財布を落とすのも忘れずに。


「ああ、生憎これだけで……」

「何だよしけてんな……ん? なんだあるじゃねえか」

「そ、それはっ!」

 本当の財布は靴の裏に服の裏側。ありとあらゆる裏地に縫い付けられたポケットの中。何度も何度も巻き上げに遭った私を舐めないでもらおう。伊達に全財産巻き上げられていないのだ。


 男らが取り上げた財布はさぞ価値があるように見えるのだろう。差し出されるものより自分で暴いたものに人は価値を感じるのだから。財布を手の中で遊びながら彼らはげらげら笑う。大方硬貨の一枚一枚が酒にでも見えているのだろう。


「こりゃあいい。今日の酒はいいもんが飲めそうだ」

「そんなあ……」

 そのくらいの硬貨なら何度か普通に鉱石掘りをすれば普通に稼げるはずなのに、こんな非合法なことをする必要があるのだろうか。今だ漂うアルコール臭をなるべく吸わないように顔をうつむけながら、いかにも落ち込んでいますよといった風にポーズをとった。


 そんな私の考えていることを読める訳もなく、男たちは見せびらかすかのように手に持った袋を宙に放って弄ぶ。少ない硬貨がからんからんと悲しい音を出した。

「おっと、恨んでくれるなよ。恨むなら自分の運の無さと」

「弱いお前を恨むこった!」

 そう決め台詞のように言い切った二人。その言葉そこで区切る必要あったか?


 まあ、予想通り私の金はやはり酒に消えるらしい。顔が見えないのをいいことにめそめそと泣きまねをしながら男らが消えるのを待つ。もう加虐心も懐も満足しただろう。


 げらげらという笑い声を聞きながらため息をついた。こいつらも随分馬鹿な真似をするものだ。ただの一過性の快楽のために。


 魔力を保持、増加の役割を持つ美しい鉱石の中でも優れたものを「宝石」と呼ぶ。その効力は珍しいほど高く、特に魔術を扱う北の富裕層や王族は珍品に湯水のごとく金を注ぐ。息子娘、自分自身に見合う美しくも実用的な宝石が欲しいのだ。

 

 だから彼らのように宝石を狙って金稼ぎ、なんていうのも少なくはない。けれどここ、南の異民が入ってもいい坑道から取れる物なんてたかが知れている。


 もう富裕層と王族のお抱え鉱石掘りに根こそぎ取られた後なのだ。それこそ私のように日銭稼ぎと研究用の鉱石採取くらいにしか使えない。


 こちらを雇う仲介者は安く労働力を仕入れ、鉱石を相場の何倍も低く買い取って他所へ売りつける。南のサイクルはこうして回り、嫌気がさした今のような男たちが私のようなのを苛立ちのはけ口に使う。強者が弱者を食い物にする、なんてお手本のようなサイクル。全く、こうもうまく回るものか。

 

 さて、買う予定だったものは少し後になりそうだな。隠れて欠伸をかみ殺しながら思考をあさっての方へ向けかけた時だった。


「お前たち、そこで何をしている」

「………あ?」

「悲鳴が聞こえたと思い駆けつけて見ればなんだ。を二人がかりで脅すなど、恥を知れ」


 南では珍しい芯の通った声。仕立ての立派な鎧にはめ込まれた鉱石。男たちの目は突然現れた男へと注がれていた。

「おい、あいつ」

「ああ。聖堂騎士様がなんだってこんなところに」

 しかし動揺したような男たちの声は耳に入ってこない。そんなことはどうでもいいほどに私は混乱している。


 だって今、奴は私を「女性」と言ったのだ。私の術を、もっと言うのであれば? え、どうして? 


 こちらを射貫く真っ直ぐな視線に私はただ冷や汗を流すばかりだった。

  

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