第三話 宝石食らい
「来てない、よな?」
思わず後ろを確認する。足音も何も姿すら見えないのであの騎士が「やはり許さん」と男たちを追いかけて切った、なんて訳ではなさそうだ。
しかし一体どうしたというのだろうか。しゃがんでよくよく確認してみれば人工的な切り傷は無く、骨や体の状態から見た感じ「何か巨大なものに飛び乗られた」という印象を受ける。おそらく即死であることが唯一の救いかもしれない。
驚いた状態で固まったままの男たちはぽかんと口を開けていた。
「………はあ、今日はツイてるのかいないのか」
申し訳ないが使えるものは使わせてもらうのが南のやり方だ。死体漁りは眉を顰められる行為だが、使われないまま朽ちていくのはもったいないだろう。
懐から数枚の硬貨と手入れを怠ったであろうやや錆びたナイフが二本。まだ研げば使えるだろう。それから目についた鉱石を仕舞ったのであろう欠片がいくつかと、申し訳程度の薬草。
ナイフと鉱石を包み硬貨を財布へ、薬草は痛みかけた部分を取っ払って仕舞いこむ。さて、後に残ったのは肉体だけだ。
目を剥いたままの彼らにちらりと視線を向けてため息を付きたくなる。ここに放っておけば肉は腐りいずれは自然に還ることだろう。しかしその間には腐臭が蔓延するだろうし、肉から感染病が蔓延しないとも限らない。その上、ここは風通しの悪い坑道だ。そこの空気が入れ替わるにはおそらくかなり時間がかかるだろう。
だから、まあ仕方がない。ここに放置しておくデメリットの方が大きいのだから。別に憐みだとか可哀そうだからとか、そういうことは考えない。今からやることは私のためにやることだ。
「えーっと、血、血っと……」
指に己の牙を食い込ませればぷくりと血が浮かぶ。こういうときばかりは己のするどい歯がとても便利だ。
まずはそれを死んだ肉体へ数滴こぼした。それから術をかける。この秘術に難しい部分はさしてない。必要なのは吸血鬼の血と、それを唱える魔術の編み方。
すうっと息を吸ってから、吐き出す。術の言葉を間違えないように一度頭の中で繰り返してから声を出した。
「――肉よ、血よ」
細く、魔力の糸を編み上げる。肉の塊を包み込むように。
「凝固し、眠れ。塊となりて、眠れ」
幼いころの記憶を頼りに言葉を紡ぐ。それに合わせるようにかざした私の掌から細い魔力の糸が男たちの体をくるむように覆っていった。そうしてできた大きな繭が二つごろんと転がした後、ぐっと手を握る。
「その魂を決して忘れず。―――生きた証はここにあり」
ぱきん、と硬質的な音を残して服が服が厚みを失い地面に落ちる。そこにもう人間としての肉の痕跡は存在しない。たださっきまであった場所に宝石が転がっているだけだ。
「………意外ときれいなもんだ」
ひげ面二人からできたとは思えない宝石を摘まみ上げ、しげしげと眺める。薄い曇りを帯びたスモークレッド。炎系に使えそうだ。
彼らだってあわよくば宝石を見つけ出してやろうと息巻いていただろうに、己が宝石になってしまうなんて。なんとも皮肉なことだ。
足で布切れを端に追いやりながら宝石を仕舞う。まああの雰囲気からして国に流れ着いた流れ者だろうし、わざわざ弔うためだけにこんな術は使わない。迷惑をかけられた分せいぜい役立てるとしよう。
仲介者には適当に言っておいて、後はもうさっさと帰ろう。今日はなんというかいつも以上に疲れてしまった。主に精神面が。
宝石に傷がつくことのないようにしまい込み、坑道の出口を目指す。時間もたっているしあの騎士ももう帰っているだろう。
「――――ん?」
しかし、私が奥に背を向けた瞬間に地鳴りのような音が確かに聞こえた。立ち止まて耳をすませば小石が転がる音と、唸るような反響音。
災害の類かと身を低くした時、気づく。その音は引きずるような音と共に、だんだんと大きくなっていることに。
まさか、そんなことがあるわけない。こんな枯れ切った坑道にでるなんてそれこそ前代未聞だ。
思い当たる節はある。けれどまさかこんな悪いタイミングで来るなんて。どうしてこんな、宝石を持っている時に。
とにかくここから離れなければならない。奴らは貪欲で見境がない。宝石を食おうとして私ごとぱくり、なんて平気でやりかねないのだから。
角度を鋭く後ろを向く。しかし、宝石の匂いにつられた奴らは敏捷だ。鈍い足音はこちらを捕らえたのかあっという間に早くなり、そして――――。
「あ」
ギャギッ、ギギギゥグギャッ。ギャギャギャッ。
聞き覚えのある鳴き声が真上から聞こえて体が固まる。赤い六つの目をぎらつかせ、鳥の顔と形を留めない体を持つ怪物は、私に向けてがぱりと三つのくちばしを開いた。
宝石を食らう魔物、「
今日はツイているどころか私の終わりだったらしい。
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