第四十三話 ラル王国
「これを食べたら少し国を見て回ろう。貴方に見てほしいものがいくつもあるんだ」
そう言ってカシテラは硬さの取れた笑みをこちらに向けた。
私が一年寝ぼけていた間に国は大きく変わったらしい。カシテラに連れられるまま日除け代わりのマントを羽織って国を歩く。眠っている間も丁寧に洗っていたらしく、一年使っていないにも関わらず紺のマントからは埃の匂いひとつしなかった。
街を歩けばさっき窓から見た光景が目の前に広がっている。南も北も分け隔てなく仲睦まじい様子。きょろきょろとあたりを見渡す私にカシテラは誇らしげに言った。
「驚いただろう? あの一件以来南北の隔たりが嘘のように解消されたんだ」
教会を同じ敵とすることで結束が深まったらしい。皮肉なものだ。この国を壊そうとしていた教会が原因で仲が深まるなんて。
そう思いながら道行く人々をカシテラの隣から眺めていると、道端で酒を酌み交わしていた男が手を上げて豪快な笑みをこちらに向けた。
「よう! カシテラさん、散歩かい?」
「ああ、少しな。飲みすぎるなよ?」
「わーってるわーってるって! そう何度も騎士隊長サマのご厄介にはならねえよ」
随分となつっこい笑みだ。もしかしたらカシテラが教団関係者だからと迫害されている可能性もあるかと思っていたが、杞憂に終わりそうだった。それにしても今騎士隊長と聞こえた気がするが。
首をかしげていると気のいい年配の女性も声をかけてくる。頭に一つ角を生やした彼女はカシテラを見て笑みを深めた。
「おや、もう相棒の看病はいいのかい? 今日もいい乾燥果物が入ってるんだよ」
「……相棒?」
こいつ相棒なんていたのか。そう思い随分上にある顔を見上げれば何故かにこにこと私を見ていた。
隣の私を見つけたのか、女性はこちらにも話しかけてくる。
「あらあら可愛いお連れさんだこと」
「あ、えーと。私は…………」
さてなんと言ったものか。治安が良くなったと言っても馬鹿正直に言うのは何となくはばかられた。騎士隊長と呼ばれていたしダンピールの知り合いなんて情報足を引っ張るだけだ。ここは無難に遠縁の親戚とかにしとこうか。
けれど私が何かを口に出す前に、隣から伸びてきた力強い腕が私の肩を掴んだ。驚く暇もなく、私の肩を掴んだ張本人ははきはきと声を出す。
「彼女が、自分の相棒です」
「………え?」
「さっき、目を覚ましたんです」
相棒? 私が? 状況が飲めず目を瞬かせているとぽかんと口を開けたままの女性が言った。
「まあまあまあ、じゃあこの子があの噂のダンピールって子かい?」
しかも種族ばれてるし。こちらをじっと見てくる視線たちに一瞬身構えたが、それはぱっと花の咲いたような笑顔に変わり―――。
「めでたいねぇ‼」
心底嬉しそうにそう言った。
※※※
国を解放するために力を尽くし、眠るように倒れた勇敢なダンピール。私が倒れた後で流れた噂には尾ひれも背びれも付きとんだ美談になっていたらしい。もみくちゃにされながらもどうにか逃げてきた酒場でそんな噂になっていたことを知らされた。
「というか、相棒って。君」
「もちろん貴方のことだ」
「……ダンピールだぞ? 来歴に傷がつくとは思わないのか騎士隊長?」
「思わないな」
見えないだけで異民が嫌いな人間はいるかもしれないのに、皆に好かれる騎士隊長は笑って言った。
「それに、こうして大々的に発表しておけば貴方はふらっと姿を消さないだろうと言われてな」
そう言うカシテラの顔から隠し切れない圧がにじみ出ているような気がする。眠りこけている間に私はがっつり囲われてしまったらしい。
「どこの誰だ。そんな妙な入れ知恵した奴は」
「そりゃア、アタシくらいナもんだろウ」
聞き覚えのある声に顔を上げれば見慣れたダークエルフがどうしてかトレーを持って立っていた。
「は、スパイラ?」
「アンタは何もかもモ終わったら『やることは終わった』っテ姿をくらましかねなイからネ。先手うつのがいいってナ」
正直ぐうの音もでない。流石はお見通しと言うところだろうか。
「お前こそ、何してるんだよ酒場でトレーなんて持って。店の真似事か?」
「真似事、じゃなくテ正真正銘給仕の仕事サ」
そう言いながら彼女は慣れた手つきで私たちの前に酒を置いた。「サービスだ」と軽く片目をつむりながら。
「おいスパイラ。また妙なサービスしてるんじゃねえだろうな」
そこに口を挟んできたのはレイジャだ。一年前とほとんど姿は変わらないがどこか貫禄が出てきた気がする。
スパイラはレイジャの言葉もどこ吹く風でこう返した。
「いいだろウ。昔馴染みガの身に来たんダ、ふんだくれるところからふんだくりゃいイ」
話の内容から察するに、何がどうなっているのかスパイラはレイジャの店で働いているらしい。酒とスパイラを見比べる私にカシテラは言った。
「これほどまでに息の合った二人もなかなかいない」
眠っている間に飲めるようになったのか、彼は酒に口をつけた。少し見ていないだけのはずが、私の周りは大きく変化しているらしかった。
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