第四十四話 先に繋がる話
「なァ、教会はもウ案内したのか?」
酒を一杯ずつ飲んだ私たちにスパイラが言った。
「一度見テこいヨ。アタシたちが壊したのがどうなったのカ」
※※※
「……成程な、基礎を利用したのか」
「ああ。元々立派な建物だったからな、壊すのは惜しい」
教会はほとんどそのままの姿で残っていた。壊れた所を補修し、ところどころに端切れをあてたようなちぐはぐ感はあるものの元からの建築が立派なおかげでちゃんとして見える。
教会は本来の用途から変わり、騎士の詰め所としての役割を持っているらしい。
「あの日から教団は解散、何も知らない騎士だけが残った」
騎士たちは教祖が居なくなったことにより瓦解。だが元々この国は教団の持つ聖堂騎士に依存しているため騎士がいなくなっては困る。
「だから我々は聖堂騎士ではなくただの騎士として残る道を選んだ」
「その騎士隊長が君、ってことか」
「まだ若輩者だがな。だが、自分が先導することで得られた理解も多い」
あの騎士の中で民衆と共に攻め込んだのはカシテラだけだ。国民からしたら防衛力は欲しいが、まだ教祖の手ごまであった騎士たちを信用しきれてはいないのだろう。
「その騎士の食い扶持はどうなってるんだ。まさか民間団体で国を守っているなんてことないだろうな」
「王族お抱えの騎士団、という名目で何とかはなっている。彼らが資金諸々の援助をしているからな」
あの後王族は「国民を騙していた教団を看過していた」という失態を雪ぐことに熱心に取り組んだらしい。彼らの信頼を取り戻すには、打ち倒すことに一役買った騎士の要望を聞くことが最善だと良く分かっていたようだ。
「―――アダム殿は旅に出られた。あの日以来自分も顔を合わせてはいない」
聞こうと思っていたことを先に言われて面食らう。聞いたところ、アダムはあの戦いが終わったと同時に国を出たらしい。誰も行き先を聞いておらず、王城が騒ぐ中でミメットだけが彼女がいなくなるのと同時にいなくなっていたらしい。
ついていったか、あるいはアダムのいない城に興味を無くしたか。答えは誰にも分からない。誰も彼女の行き先なんて理解できていないのだから。
「一つだけ、伝言を預かっている」
「――――なんだって」
「『今度は君が待つ番だ』だそうだ」
今まで自分が待っていたことへの意趣返しとでも言いたいのか。待たせたつもりも待つ必要もなかったのに。あの女は最後まで理解しきれない奴だった。
けど、帰って来た時もし私が生きていたら。迎えるぐらいはしてやってもいい、かもしれない。一応功労者でもあるわけだし。
※※※
「なあ」
大体ことがどうなったか分かってきた。けど、一番重要なことが分かっていない。
「ガレナはどうしたんだ」
私たちが最終的にぶん殴った教祖ガレナ。国丸ごとの怒りを買ったのだ、その代償は決して安いものではないだろう。どんな結末に至ったかは想像に難くないものばかりが浮かんでくる。私の言葉にカシテラは一呼吸おいて声を出した。
「………彼は、城の地下にいる」
厳重な警備の元で決して出ることは叶わないだろうと、彼は言った。生きているうちに地上に出れるかも難しいと。
それを聞いた時正直驚いた。今考えた中でもっともマシな選択だったからだ。国全体を騙していたのだからもっと悲劇的な終わりも覚悟はしていたが。人間全員のリンチより、牢獄行きの方が百倍は平和的解決だと思う。極刑を望む人間がいたっておかしくない。
ほんの少し、「どうして」という感情が頭を覗かせた。どろどろの醜い感情。もっともっとひどい目に遭えばいいのにと、泣きわめく子どもが私の中にいる。
「……そうか。それで、みんなは納得したんだな」
「自分がどうにか、したんだ」
カシテラの手が強く握りしめられるのが分かった。
「皆に言って聞かせて、どうか極刑だけはやめてくれと。縋った」
国を救った一人の騎士の意向をくんで、ガレナは投獄という今できる最大の減刑をされたのだ。
「貴方がされたこと、国民がされたこと。どちらも許されないことだ。それはよく、良く分かっている」
けど、けれど。はく、と口が空を含んだ。
「―――殺せなかった」
それは騎士の言葉ではなく、ただの育てられた男の言葉だった。
「命を奪われて、貴方も国の民も踏みにじるようなことをされていると分かっているのに、殺せなかった。殺したく、なかった」
その目を揺らがせるのは私の父と母、仲間たちを殺した者を庇う罪悪感か、それとも父の幻想を捨てきれぬ己への落胆か。
「勝手なことをして、すまない。だが、貴方が許せないのは当然だ。だから、自分は」
叫び。血を吐くような、己に突き立てられる言葉の刃。甘さを容赦なく否定する声を、私は。
「……こら。勝手に私の思考を決定するなよ、馬鹿者」
ぴ、っと私より随分と上にある視線に指先を合わせる。思ってもいなかったのかそれに合わせるようにカシテラの体が後ろに揺らいだ。
「確かにあいつは憎い。それは確かだ。あいつは私の家族を殺したんだからな」
何があったのであれ、あいつが私の家族を殺す引き金になったのは事実だ。それは変わらない。
「でもな、私だって鬼じゃない。殺したくない奴に殺させるようなことはしないさ」
「けど、それは」
「私にとっては復讐相手かもしれない。だが、お前にとっては父親なんだろう」
泣いている幼子の前でむざむざ殺す様な真似は私にはとてもじゃないができそうになかった。
「それにな、できるなら私はあいつとは別の道を歩みたいんだ」
「別の、道?」
目を見開くカシテラに対し、私は言う。
「復讐に絡めとられない道ってやつさ」
ガレナを突き動かしていたのは、家族を殺した吸血鬼に対する復讐心だった。だがそれは結果として巡り巡ってあいつ自身を大きく呑み込む一因となってしまった。心の突き動かすままに関係のない吸血鬼を殺し、こうして私が生まれてしまった。その上自らが築き上げたものを全部捨てることになったのだ。
「復讐に生かされているようじゃ、本末転倒だろ?」
こちらを見るカシテラの目が涙をたたえたように揺れていた。
「…………貴方は、強いな」
「強くない。意気地がないだけだ」
「いいや、強いよ。過去に縋ってばかりの自分よりは、ずっと」
そう言ってカシテラの眉がㇵの字に歪む。
「情けないな。自分は、愛などないと分かっているのに」
自分は過去にばかり引きずられて、動けなくなってしまうと彼は言う。自信なさげに声を小さくする騎士に、私は言った。
「なあ、なんであいつはあそこで待ってたんだろうな」
「…………え?」
私の言葉に黒い目が丸くなった。「考えてもみなかった」そう言いたげに。
「騎士に任せて逃げればよかったのに。どうしてあんな攻め込まれると分かるようなど真ん中で籠城していたんだろうな」
「それ、は―――」
これは私の勝手な想像かもしれないけど、そう前置いて続ける。
「あいつは、もう止めてほしかったんじゃないかってそう思った」
ダンピールは、長く生きる。人間より長く吸血鬼より短い時間を生きる。私より早く生まれたダンピールはそれこそ長い期間の中、復讐に身を削ってきたのだろう。それこそ目的と手段が変わってしまうまで。
「いい加減止まりたくて、止めてほしくて、お前を待ってんじゃないかって思う」
「……自分を、待ってた?」
「君は、あいつが愛してないって思っているようだけど」
カシテラを見る。立派な若者だった。食べることの大切さも、寝床の大切さも知っていた。そして何より、誰かを気に掛けられる心の持ち主だ。
子どもは鏡だ。親の言葉も躾も映し出す、曇りのない鏡。
「愛は、ちゃんと注がれていたんだ」
その言葉に雫が一つ、彼の頬を伝って光る。小さなそれが重なり、大きな粒となるまでさほど時間はかからなかった。
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