最終話 未来の話をしよう
「……貴方には本当に助けられてばかりだな」
涙に濡れる目を乱暴に拭いながら、カシテラは言った。
「どっちもどっちだ。私は君が居なければあそこから逃げ出せてすらいない」
迷惑だとかもう今さらだろう。命を助け助けられの関係までできてしまったのだから。
まだ赤みの残る目尻をきりりと引き締めながら彼は私を見据えた。
「自分は、まだ未熟者だ。些細なことで感情は揺らぎ、今回のことのように私情を挟んだ間違いを起こすこともあるだろう」
涙の名残は残るが、それでも初めて会った時と変わらない芯の通った声だった。真正面から私を捕らえるまっすぐさ。
カシテラは続けて言う。
「どうか、自分を、この国を共に見守ってくれないか」
あの甘煮と同じように、その視線に焼かれてしまいそうだった。
「この国にも自分にも、貴方が必要だ」
いっそのこと、気恥ずかしい雰囲気にでもなってくれたら抜け道の一つもあっただろうに。
どう転んだって真正面からしかぶつかることをしらない、若さの権化のような男に私は言った。
「ま、それ以前に私が君が満足するまで生きられればの話だが」
「ダンピールは長生きなんだろう」
「君の心臓をこさえる時に寿命が半分になったからな、どうだか」
ダンピールの寿命は不確かだ。吸血鬼は数千年、ダンピールは数百年。それも半分になったわけだし、ますます明確な数字は分からなくなった。この命は、明日眠れば散ってしまうようなものかもしれない。そしてそれは、私が残したくもない爪痕を否応なし彼につけていくのだろう。
けれど、あまりにまっすぐに私を見つめるものだから。
「…………私が飽きるまでは、いさせてもらうがね」
全くどうしてこの騎士様は頑固者だ。返事をした途端にぱあっと明るくなる表情を見ながら私はため息を吐く。
口角が上がっていることは、知られないようにしよう。もっと調子に乗りそうだから。
※※※
廊下をばたばたばたと走る音に、顔を顰めて扉を開ける。見れば何十人という騎士たちが忙しなく駆け回っていた。ついできたばかりの宝石が振動で崩れたのを見ては青筋も浮かぶというものだ。
「この廊下は走るなと再三言ったのが聞こえていないのか?」
だが私の叱責を特に物ともせずに騎士の一人が私を見て、そして泣き叫んだ。
「る、る……ルネ様ぁ―――っ! お止めくださいっ! お願いしますっ!」
「ああもうっ! 今度はなんだ⁈ また王族連中の無理難題か?」
「隊長が
巨大な個体だから応援を呼ぼうって言ったのにどんどん一人で乗り込んで行ってしまってと、若い騎士はぴいぴいと泣くのを見て頭を抱えた。
先日騎士隊長付きに研修として配属されたから、あいつの無理やりさも強引さも分かっていないのだろう。どうしようどうしようと、隊長のために坑道からここまで走って来たであろう騎士を宥める。
「落ち着け。あいつなら大丈夫だ」
「でっ、でっ、でも」
「お前を帰したってことは一人で戦っても勝算があると判断したんだろう。そんなに泣かずともすぐに―――」
そう宥める私の言葉を知ってか知らずか、入り口が騒がしくなる。そして。
「今帰ったぞ!」
「た、隊長――――――っ!」
カシテラの堂々と張り上げる声に、新人の涙も引っ込んだようだ。泣くのも忘れて奴のもとへすっ飛んでいくのを見届けてから崩れてしまった部屋の宝石を再構築する。全く、あと数日で全体に配給できるほどの量を作らないといけないのに。
「ルネ様、大丈夫ですか?」
次にひょこりと顔を覗かせたのはこちらも年若いシスターだ。魔術の腕がいいので私の方で手伝ってもらっている。
「平気だよ。ちょっと崩れただけだ。あ、前に頼んだやつできてる?」
「はい。全宝石の解析完了してます。そっちにすぐ運びますね」
「助かる」
どうにもこうにもこんな量の宝石一人じゃ手が回らない。少しでも手伝ってくれる助手がいるというのは実に大助かりだ。
そうこうしているうちにまた廊下を駆けてくる、さっきとは比にならない音を聞いて私は額に手を当てた。最近になって貫禄が出てきたと思ったのに、中身が全く変わっていない。
「ルネ! 今帰った!」
「廊下を走るなカシテラ! 私を相棒と言うなら、せめて相棒の言うことくらい聞いてもいいんじゃないか? 全く」
世にも珍しい騎士隊長傍仕えのダンピールは今日も声を上げる。誰でも宝石を手にできると言う国の評判が閣外に広まっていると知ったのは、今からまた少し後の話だ。
やさぐれ半吸血鬼の宝石秘術~熱血騎士はお帰りください~ きぬもめん @kinamo
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