第三十五話 行軍

「で、結局どうしてこうなってるんだ」

 薬草を塗られきっちり冷やされ、腫れもかなり引いてきた。まだ口の中に血の味はするけれど。

「南どころか北の人間まで、その上………」

 ちらりと目だけで後ろを追った。それだけしか動かしていないのにぎゅるんと首がこっちを向くもんだから慌てて視界を前に戻す。

「なんであいつまでいるんだよ」

 治療を終えたスパイラに聞けば彼女はさらりと返事をした。


「そいつかラ何があったカ全部聞いタ」

「……すまん、事情をべらべらと話すべきではないと思ったんだが」

「おっトそいつを責めるなヨ。使えるものは棒でも仇でも使った方ガいいからナ」

 スパイラが言うにはこれまでの私の出自を含む事情を聞いた彼女が方々に話を伸ばしたらしい。

「王って言ったラ権力も大きいだろウ? 遠慮なく使わせてもらっタ」

 そう言って彼女は悪い笑みを浮かべながらここまできた経緯を説明し始めた。




 まず情報を裏から根回しし教会の不正と悪事を国全体に行きわたらせる。


 これに反応したのは北の住民の方が多かったという。今まで信用してきたのにという反動がすごかったようだ。こうして国の全体的な教会への信用を落とす。


 その次に王族に掛け合う。私の具体的な出自と原因、そして王族と教会の不正な癒着を盾に兵力を強請ろうとしたのだという。王族が言えば従う者は多くなるはずだ。本来なら南の人間が入ることも出来ない城だが、それはカシテラの鎧が役に立った。


「本当はもっトごねられる予定だっタンだガ」

 そう言うとちらりとスパイラはアダムの方を見た。相も変わらずにあいつは優雅に民衆を指揮している。

「あのお姫さんがしゃしゃってキてナ」

 初めは王に追い返されそうになったが、それを阻止したのがアダムだったという。

  

※※※


「聞いた方がいいのではないですか、兄上」

「……アダム。お前は下がっておれ」

「兄上はもう少し外を見た方がいい。御覧なさい、無様に狼狽える民衆を」

 その様子に王はぐっと息を詰まらせた。アダムは顔色一つ変えずに言ったという。


「信ずるべき教会を失い民の信頼は地の底へと落ちつつあります。そこに彼らが

持ってきた情報が広まればこの火は兄上の王城にも飛ぶことでしょう」

 それとは間反対に王の顔からはみるみる色が失われていったらしい。恐らく気づかれたと言うことに気づいたのだ。


「――――まさか、お前たち。余を強請るなどと」

「兄上、ご決断の時です」

 その言葉を遮ってアダムは言った。


「火のついた尻尾を切り落とすか否か、どうぞお決めくださいませ」

「………だが、審議も分からぬ南の戯言に余が揺るがされるわけには」

 甘い汁を滴らせる実を失うか、それもろとも滅びるか。しかし教団の持つ武力はすさまじい。もしも敗北すればどのような報復が待っているかは考えるより明らかだろう。


 しかし押し黙った王を前にアダムはこう言った。


「いいえ兄上。あなたはそこに座っているだけでいい」

「何?」

「僕が独断で、全て片付けましょう。もし負けたとしても、兄上は僕の勝手だと言えばいい。貴方の手は汚れることなく収まりがつく」

 尻尾切りはお得意でしょう? そう言いながら笑ったという。


「し、しかしアダム。なぜお前はそこまで」

「僕が欲しいものを我慢できないのは貴方だってご存じのはず。それに、少しささやかなお願いを聞いてほしかったんです」

「何、願いとな?」

「ええ。もしこれらを僕が丸く収めることができたら」

 少し、旅をさせてほしいんです。アダムはそう締めくくった。


※※※


「教団の徹底的破壊を条件ニ、王は二つ返事デ承諾。全く変わり身ガ得意なことデ」

「アダムの奴がそんなことを?」

「ああそうサ。ったくあいツがやらかしタことをネタに絞っテやろうと思ったのニ」

 そこからはとんとん拍子に話が進んだという。

 

 流石国の絶対的象徴と言える王族の存在は圧倒的だった。アダムはあっという間に北の人間をまとめ上げ、「嘘をついてきた教団」を敵とすることで国民の結束すら高めてしまった。

「南はそれより簡単サ。王の褒美をちらつかせテおしまイ」

 それだけで南の異民は面白いように首を縦に振ったと言う。勿論浄化作戦なんておっかない単語があったのもあるだろうが、私はスパイラが言ったことも大きな要因の気がしている。

 

 南は悪く言えば無秩序、良く言えば実力主義だ。良くも悪くも顔が知れ渡っているスパイラに逆らおうと言うやつはいない。

「それでこんなごちゃ混ぜ軍なわけか」

「納得しタかイ?」

「まだ一つ。スパイラもレイジャもどうしてここまで付き合うんだ」

 これに見合うほどの追加報酬は払えないぞと言えば呆れたように彼女がため息を吐く。


「お前なぁ、ここまできテまだアタシたちが宝石につられテいるとでモ?」

「……それは、分かるけど。でも、ここまで良くしてくれる意図が―――」

「そんなの簡単だよ」

 そう言おうとした時、甘ったるい匂いが鼻をかすめた。冷たく細い指がそっと私の喉に触れる。


「みんな君のことが好きなのさ。全く妬けてしまうよ。君はいつも僕以外を見ているんだから」

 こいつは匂いだけでなく言葉まで甘ったるい。急に距離を詰めてきたアダムを振り払いながらその顔を見た。相変わらず上品な顔に笑みを浮かべている。


「自分に鈍いのも魅力的だけど、あまりそうだと彼女たちも可哀そうだろう?」

「……お前はなんでこんなことしてるんだよ」

「ちょうどよかったから利用させてもらっただけさ。教団は正直僕の手持ちの子たちじゃまともに相手にしたくないからね。君を追いかけまわすあの邪魔な教団も排除出来て万々歳だ」

 アダムはそう言った。端正なその顔をまじまじと見ながら私は問いをぶつける。


「ずっと追っかけ回してきたお前が旅なんてなんの企みだ?」

「あは、嬉しいね。僕にもやっと興味を持ってくれた」

「真面目に答えろ」

 そう言えばアダムは少し、少しだけ子どもらしく笑った。


「君のように、僕も少し前に進んでみようかと思っただけだよ」


 意味が分からなくて首をかしげる。

「……どういうことだ」

「君がもっともっと夢中になるほど魅力的になりたいってこと。君が安心してずっと僕の元から出なくてもいいようにね」

 やっぱりこいつは意味わからん。聞こうと思った私が馬鹿だった。ねっとりまとわりつくような手を払いのけて、胸が焼けるほどの甘い視線から逃れる。


 スパイラが一つ咳ばらいをした。

「はいはい、話はそこまデだ。今はやるべキことがあるだろウ」


 まだ仕事が残っている、と。彼女は埃舞う教会へと目を向けた。

 

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