第三十六話 バトルターン

「よシ、作戦を説明すル」

「作戦?」

「とりあえず目の前の奴を倒セ。以上」

 それは作戦ではなくないか?


「おい、それは作戦じゃないだろ」

 思っていたらレイジャが言ってくれた。ただ前よりだいぶ物理的に距離を取られているけれど。声が届きずらいからと近寄ろうとしたらオークは言う。


「おっと、それ以上近づいてくれるなよ」

「なんで」

「男だと思っていた相手が女だった俺の気持ちな? 察しろ?」

「ああ…………」

 あんまりにもスパイラと仲が良いからこいつが女への苦手意識があることを忘れかけていた。

「でもスパイラとは普通にしてるじゃないか」

「あいつは女の意識がないからいいんだよ」

 そう言ったレイジャを締め上げながらスパイラは「とにかく」と話しを元に戻す。


「アタシたちの目的はルネの救出もそうだガ―――」

 赤い目がちらりと教会の方を見る。北と南の人間が押し寄せる中、教会からは尽きることのない騎士の集団も負けじとこちらを押さえつけにかかっていた。


 国民に過度な手を出すのは信用に関わると判断が降りたのか、捕まえられた北と南の民が順当に縛り上げられている。


「このくそったレ教団をぶち壊スことだからナ」

 ただ訓練された騎士と民間人では量があるとしても個々で勝ち目はないだろう。今は騎士たちも良心に従って過度な攻撃を加えてはいないが、いつそのタガが外れるとも限らない。痛みは人の足を止めるのに一番有効な手段だ。ここで士気が萎えたら瓦解も時間の問題だ。短期でさっさとケリをつけると、スパイラは言った。


「だから一気に大将を叩ク。てっぺんが潰れれバ士気も衰えルはずサ」

 つまり騎士に構わずガレナへの集中攻撃というわけだ。

「アタシとあいつで進路を開く。騎士サマとルネは一気ニ大将をぶん殴ってくレ」

 その言葉に頷く。私もあいつには言ってやりたいことが山のようにあるのだ。


 しかし、とその会話をアダムが遮る。

「ここの教祖は大分用心深いと見える。小細工の一つや二つ、用意していてもおかしくないだろう」

 確かに相手はダンピールという迫害の対象でありながらも教団を作り、ここまで上り詰めた男だ。暴動が起きた時の対策くらいしていてもおかしくない。


「……それは、私にちょっと保険がある」

「保険?」

「使わなくていいなら万々歳だ。でも、もしもがあれば―――」

 遠巻きにこちらを見ていたレイジャを呼び寄せ、こっそりと話す。そんな面倒なもしもなんて、無い方がいいに決まっていると思いながら。


※※※


「さて、兄上に約束した以上、役目は果たさないと」

 そう言ってこの中で真っ先に動いたのはアダムだった。戦いの中とは思えない程に優雅な動きで歩いていき、そのまま民衆の後ろに用意された椅子へと座る。

「さ、ほんの一瞬頑張っておくれ」

 そう言いながらアダムは手を前に伸ばした。その指には忘れもしない緑が輝いている。


「熱く、沸き、こぼれるような。怒りを思い出せ」

 解放の翠玉リベレールエメラルド。あの時私の感情を暴いた、あいつらしい使い方だ。


「お前たちの怒りはそんなものか?」


 アダムが火をつける。それはたった一言で弱々しい、今にも消えそうな火種。だが、それは細かいカットの入った宝石の中で反射してあっという間に増幅する。魔術は瞬く間に民衆を飲み込んだ。


 途端に、民衆が咆哮を上げる。唐突な士気の上がり具合に騎士たちがたじろぐのがここからでも良く分かった。

「な、なんだ! 何が起こっている⁈」

「分かりません! ただ急に奴らの勢いが―――!」

 そう報告しようとした騎士に一人が農具を振りかざし、後ろもそれに続いていく。


「てめえ、よくも今まで騙しやがったな!」

「そうよっ! あたしたちはずっとあなたたち教団を信じてきたのに」

「本当のうちの人を返して! ただの石ころなんてあんまりだわ!」

 消えかけていた火種がアダムの一吹きでみるみるうちに燃え上がっていく。瞬間的な爆発で騎士に動揺が走った。


 しかし騎士の中でも冷静な指揮官はこの状況を巻き返そうと指示を下す。

「落ち着け! 何をたじろぐことがある。相手は訓練も受けていない脆弱な一国民だ! 恐れず、迎え撃てば―――」

「へえ」

 だが、そこへ一本の矢のように駆けていく者がいる。

 

 それは目にもとまらぬ速さで二刀を抜き、指揮官へ飛び掛かった。剣先が届くまであと少しのところで騎士はそれを受け止める。強くぶつかるギインという音が大気を揺らした。


「脆弱、ねえ。嬉しいナ。アタシのこともそう言ってくれるのかイ?」

「……っぐ、貴様、いつの間にっ⁈」

「そんなデケェ鎧ンぞで怯えてるかラアタシの動きが分からないのサ」

 豊満な体を鎧で隠すこともせず、布切れを纏ったダークエルフは三日月形に湾曲した二本の剣をまるでおもちゃのように手の中でくるくると回す。


 しかしその刃がなまくらなんぞでないことは、日の光に照らされた凶悪なギラつきが証明していた。


「精々手加減してやるからヨ、一緒に踊ろうゼ? 騎士サマ」

 そう言ってスパイラはにやりと笑う。馬鹿にしているかのような態度に彼らの視線が一斉にスパイラに集中した。

「っく、この―――」

 力いっぱいに振られた剣を踊るように躱しながらスパイラは赤い瞳をこちらに向ける。


 民衆の爆発力で騎士の大群は押され、スパイラが注目を集めることで一本の道が現れる。教会までの、一本の道。


「行こうか」

「ああ、決着だ」

 走り出したカシテラを追いかけながら、私は渡された宝石を固く握りしめた。

 

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