第三十七話 今から奴を殴りに行く
民衆と騎士の群れをかき分けながら教会を目指す。初めこそ民衆とスパイラに手こずっていた聖堂騎士たちだったが、一目散に走って行くカシテラを押しとどめようと身を乗り出してきた。鍛えられた体格を目の前に躍らせ行く手を阻む。
「逃がすな! そいつを教祖様の元に行かせてはならん!」
指揮官の声に反応して騎士たちが一斉にこちらに剣を向ける。鋭い剣先が殺気をまとって私たちを見つめていた。
反射的にあの巨大で無骨な剣を振るおうとしたカシテラを押しとどめる。
「やめろカシテラ。お前は力を蓄えとけって言ったはずだ」
「っ、分かった」
それに一振りで壁もろもろを吹き飛ばした男なのだ。こんなところで剣なんて振るえば民衆もろとも吹っ飛ばしかねない。目の前であれを見ているのだ、不安にもなる。今よくとも後で後悔するのはこいつなのだ。私は貰った袋に手を突っ込む。じゃらりとした無数の手触りがあった。
「君はただでさえ心臓が普通じゃないんだ。精々大人しくしてるんだな」
そう言って前に立てばにやりと笑ってこちらに切りかかる男が一人。
「―――――っ、もらったァッ!」
こいつの心情は最もだ。カシテラと私なら私の方が弱そうだろう。現に私になった途端明らかに油断が見えるようになったし。
しかもついさっきまで囚われの身で手も足も出なかったわけなのだから、のこのこ弱者が肉盾になりにきたのだろうと思われてもまあおかしくない。おかしくはないが、正直ここまで露骨に対応されると面白くない。
「だから、まあ。ちょっと激し目にいこうか」
取り出したのは金の塊。ほんの数欠片を取り出して投げる。
「……なんのつもりだ」
突然目の前に投げられた石を訝し気に騎士が見た。そりゃあそうだ。この金は日の光に照らされてそれはちかちかと輝くのだから。目で追っても仕方ない。
「目を閉じろ」
小さく、カシテラに言う。素直に騎士は目を閉じたのを見届けて私も目を閉じた。
――――――その瞬間に、術を起動させる。
「
瞬間、瞼の裏でも分かるほどに激しい光が発生する。それに困惑したような騎士の声も連続して聞こえてきた。
「――――――ぐぁっ⁈ な、なんだ!」
「何も見えん! おい、どうなってる!」
目を開けばウロウロと目がくらんだ状態で右往左往する奴らがいた。
強い光が目に入ったから、しばらくは目が効かないだろう。加工する時間もなかったから欠片をそのまま使ったが、少人数の目くらましならこのくらいで十分だ。
「行くぞ」
「あ、ああ。……今のは?」
「
視力がなくなるまではいかないだろうが、しばらく目は使い物にならないはずだ。見当違いの方向を探し続ける騎士を横目に隣を通り抜ける。
「っ、逃げるな! 貴様、ガレナ様の恩を仇で返すつもりかっ!」
明後日の方向を向きながら指揮官が叫ぶ。それにカシテラの体がびくりと反応するのが分かった。
「このっ、裏切者が―――」
くるりと踵を返す。私たちの居場所に見当もついていない中、唾を吐く勢いで叫ぶ男の前に立った。
裏切者? 恩を仇で返す? どちらも言う相手を間違ってるだろう。
「残念ながら先に裏切ったのはお前らの大好きなガレナ様なんだよっ!」
「ぎゃッ⁈」
これからぶん殴りに行こうって時に萎えることを言うんじゃない。何も分かっていそうにない男の間抜け面に、宝石のぎっしり詰まった袋の側面を叩きつけるようにしてぶん殴る。
突然の衝撃に驚いたように男は短く悲鳴を上げて、殴られた衝撃に逆らうことなく後ろへひっくり返る。身に着けた鎧が地面にぶつかり、激しい音を響かせた。
目を丸くしてこちらを見るカシテラ。
「……早く行こう。ここでのんびりしていられない」
その視線がなんだか気恥ずかしくてふいと顔を背け、行き先にそびえる教会を見る。無言のまま走り始めた私を見て、カシテラは慌てたように後ろについて走り始めた。
※※※
騎士が現れる。騎士が現れる。騎士が現れる。宝石を使い目をくらまし、足場を惑わせ、狂わせる。あの手この手を使って退ける。
一度私めがけて不意打ちの剣が飛んできた時はカシテラの拳がうなりを上げた。奴が「ふん」と意気込んだ瞬間に相手の鎧が拳の形にへこんだ時は、味方ながらにその様子に思わず冷汗が流れた。
血が出ていなから恐らくは内臓が潰れるなんてことはないだろが、それでも体が何倍も大きな男が白目をむいて倒れる姿は本当に心配になる。流石にそう簡単に殺しなんてしたくない。私は平和主義なのだ。ちょっと元凶をぶん殴らせてほしいだけで。
宝石を使ったり拳を使ったりしながらどうにか教会にたどり着く。今だ続く喧騒を背後に、構わず教会内に飛び込んだ。
「………静かだな」
「多分、騎士が出払っているせいだろう」
「全員出てるって?」
中は外とは対照的に恐ろしいほど静かだった。扉を閉ざしてしまえば外の騒ぎが嘘のように感じられる。私を捕まえている間、ずっと騎士を侍らせていたガレナが警護をつけないと言うのは少々考えにくい。
「あいつは私を殴ることも部下にやらせるような臆病だ。何か別の策があるんだろ」
「………殴られたのか」
ちょっと気温が低くなったような気がする。室内になったせいで太陽が届かないせいだろうか。
そんな私の心配をよそに、教会の中は実に静かなものだった。周囲を見渡しながら、カシテラの案内通りに先に進む。騎士どころかシスターの足音一つしない。
そしてとうとう、奥にたどり着く。ミーネ様を祀っているという大聖堂。黒い両開きの扉がついた巨大な白い空洞。
そしてそれをぐるりと囲うように―――、巨大な壁が行く手を阻んでいた。
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