第三十八話 ガレナとミーネ教団

 その壁は透明度があり、不自然なほどに大きい。それこそ聖堂の入り口を全て覆うように塞いでいる。隣のカシテラをちらりと伺えば彼も見たことがないらしく、何度も目を瞬かせていた。


「……なんだ、これは」

 目を丸くしてカシテラが前にそそり立つ壁を見る。私も同じように唐突に現れた壁を観察した。鉱物質的な壁だった。聖堂を守るようにそびえるそれはどう考えたって昨日の今日では増築したわけではなさそうだ。


 足元の瓦礫を拾い、壁に投げてみる。思っていたような攻撃もなく、小石はカツンと硬い音を出して跳ね返った。では私が近づくとどうなるか。


 一歩足を踏み出した途端目の前が光るのが見えてすぐに飛びのく。私がその場から離れるのと、さっきまでいた場所が轟音と共に焼け焦げるのは一瞬だった。そこから感じるのは強い魔力。この壁を媒介にして、魔力が巡っている感覚。


 合点がいった。通りで自分を守る奴らがいらないはずだ。

「どうしたっ⁈ 今何か―――」

「……面倒なことになった」

 音に驚いた様子でこちらに駆け寄ってくるカシテラに私は言う。何かに気づいたらしいと、彼は声をこわばらせた。


「何か分かったのか?」

 ああ、分かった。酷く面倒で頭が痛くなるようなことだっていうのが。目の前の壁と、黒く焼け焦げた床を見ながら、私は言う。


「これはだ。あの野郎、自分ごと宝石で囲いやがった」


 実に嫌なやり方をするじゃないか。私は小さく舌打ちした。


※※※


「宝石? この壁がか?」

 カシテラは驚いたように私と壁を見比べる。仕方がない。こんなのは私だって見たことがないのだ。

「予想ではあるけど、さっきの魔力の通し具合で分かった。どう作ったかはともかく、これは宝石に違いないよ」

「だ、だがこんな巨大な宝石、あり得るのか?」

 ひょっとしたらありえなくはないかもしれないが、今は形状の方が問題だ。カシテラに頼んで宝石の壁が途切れている聖堂の壁を壊してもらえば、ご丁寧にその中にも宝石が通っている。

 

 その様相は無理やり押し入れた、と言うよりは元からそこにあったかのように中の壁の中に存在していた。多分他の壁も同じようなものだろう。聖堂を囲って守るように、その壁は存在する。


「恐らくだが防壁魔術の応用、のようなものだと思う」

 守護型宝石を使って展開する防壁魔術は、宝石の硬度に依存して強固さが決まる。硬い宝石であればより硬く頑丈になるのだ。


 ただこれに至っては少し状況が違う。


 さっきも見た通り、これは宝石自体が防御壁となっている。魔術で生み出される壁ではなく、宝石が防御壁代わりになっているのだ。

「ただ、種類の判別ができない。こんなの私も見たことがないんだ」

 百年近く生きて、その間人工宝石のために様々な鉱石を見てきた。けれどこんな宝石も現象も見たことがない。


「さっきから見てもまるで分からない。めちゃくちゃだ」

 近くで見て分かったが、これはただの宝石というわけではない。明度も色も場所によってどうも違って見える。


 そう、まるで違う宝石たちを押し固めたような―――。


「美しいだろう。この宝石は」


 きい、と扉が開く音がした。見れば宝石に囲われた内側の扉が開いている。その隙間からするりと姿を現したのは、探していた姿だった。


「カシテラ。お前はもう、そいつに囚われてしまったんだね。実に、実に残念だ」

「―――――っ、ガレナ、様」

「もう父上とも、呼んでくれないのかい」

 それはまるで水面に立ち尽くす揺らぎのように、そこにいた。ゆらりゆらりとこちらに近寄る様は煙のようにとらえどころがない。


 カシテラはその姿を見て一瞬戸惑ったように目を揺らしたが、すぐさま剣を構える。しかしガレナはその剣先にも動じることはない。

「剣を下げろ。無駄なことだ」

 そう平坦に告げるだけ。だが、悔しいことにこいつの言う通りだ。壁に切りかかればさっきの私のように壁に命を狙われる。黒く焦げた地面に歯を食いしばるカシテラを遮り、私は目の前の霞みのような男に声をかける。


「おい、これはなんだ」

「やあ、生き汚いダンピール殿。私の術にご興味が?」

 いっそすがすがしくなる程の作り笑いでガレナは言った。


「防壁術かと思ったらそうじゃない。この壁は宝石そのものだ」

「その通り。私が編み出した新たな防壁術だ。宝石に莫大な魔力を注ぐことで、宝石そのものを強固な壁として展開する」

 宝石のように硬く、ではなく宝石そのものに守ってもらう術。実に乱暴な理論だ。


「まあ膨大な魔力とその魔力量に堪えうる宝石が必要なことが厄介な点だが……」

 ちらりと男の後ろから聖堂の中が見えた。国の中枢を握る教会とは思えない程質素な聖堂があった。薄暗い室内には簡素な木のベンチに数人のシスターの姿。彼女らは何かに祈るように手を組み、身じろぎ一つしていない。その手をほんの少し光を放っていた。


「これは意外と早く解決した。が、思ったより早く役に立つとは思わなかった」

「………なんだと?」

 研究の成果、男はそう言った。


だよ」


 人工宝石。これが?


 言葉を失う私が面白かったのかそれとも何か意図があるのか。ガレナは何も聞かずとも話しだす。

「貴様が作り出した人工宝石は思わぬ副産物を生んでくれてね。その結果がこの宝石だ」

「副産物だと?」

だよ。貴様が宝石の構造を解明してくれたおかげで、宝石の長所同士をかけ合わせられるようになった」

 どんな魔力を込めればどんな反応をするか、宝石を生み出すにあたってどう構築されているか。それらはものの見事にこいつの糧になったらしい。

 

 宝石同士を掛け合わせ、欠点を無くす。屈折型の爆発力と守護型の硬さと保持力。近づいたときに私を攻撃したのは宝石の中に保持された魔力を、屈折型と同じような爆発力で撃ちだしたせいだろう。


「言うなら、合成宝石と言ったところかな」

 追い詰められてるとはとても思えない穏やかな笑み。それだけこの宝石に自身があるのだろう。ガレナは言った。

「さ、君たちも何もすることが無くて暇だろう。なら少し聞いていくといい」


 まるで昔話を子どもに聞かせるように教祖は語る。

「吸血鬼がどれだけ醜い種族なのかをね」

 それは一人のダンピールの、今に至る話だった。


 




 

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