第三十四話 混在パレード

 いやいやいやいやいや、待て待て待て。

「これは一体どういうことで?」

「見たまんまだ」

「見たまんまで分かんないから聞いてるんだけどね?」

 カシテラに小脇に抱えられたまま呆然と目の前を見ていた。もう後ろも前もごった返すほどの人、人、人。彼らは押し寄せる波の一部となりながら教会に突撃していた。


「……どういうこと?」

「説明は手当しながラしてやるヨ」

 目をぱちぱちしていたら下から伸びてきたスパイラの手にかっさらわれる。

「あーあー、腫れてんじゃネェか。痛いだロ」

「そんなの後でいいから! とにかく説明を――――」

「ほーお?」

 説明を急いたら頬を摘ままれた。痛い痛い痛い。軽くなのにすごく痛い。内出血のとこぐりぐりされるのは痛い。

「こんなほっぺ腫らシといテ馬鹿なこと言うんじゃなイ。ちゃんと説明してやるからまずは手当させロ」

 そう言いながら手際よく準備を始めたスパイラを横目に、私は改めて辺りを見渡した。

 

 人、人、人。


 集団の中にはどうしてかが姿があった。お上品なはずの北の人間が何故か髪を振り乱す勢いで怒りながら先導しているのがどうにもミスマッチだ。


 近くでオーク専用の巨大こん棒を片手に持つレイジャはこちらを見てため息を吐いた。

「ま、諦めるこったな。奴さんは虎の尾を踏んだんだ」

 そう言ったレイジャの視線の先にはうっそりとほほ笑む不詳の姫君、アダムがいた。


 あいつがまるで民衆を従えるかのような姿に私はもはや呆然と眺めていることしかできない。一体何がどうしてこうなるのか。


 時間は少し遡る。


※※※


 ぽかんとする私にカシテラは膝をつく。鎧は相も変わらない光を放っていたが、その顔はどうしてか若干腫れている。

「ど、どうしたんだ君、その顔」

 驚きも一定量を上回ると聞かなくてもいいことを口走るらしい。後ろから聞こえてくる騒ぎも悲鳴も聞かずに私はそんなことを口に出していた。カシテラもカシテラで「ああ、これか」と真面目に答える。


「スパイラ殿に喝を入れられてな」

「は? スパイラに?」

「『それはそれとしてルネを傷つけた分』と」

 何がどうして殴られるまでに至った経緯が分からないけどとりあえずスパイラにぶん殴られたらしいことは確かだった。


「というか君、そんな動いて平気なのか? 心臓が―――」

「無論、無理をするつもりはない。貴方に助けられた命を粗末にするなど言語道断だ」

 そう言いながらカシテラは、ふと私の顔をまじまじと見つめた。

「………その傷は、どうした」

「え? ああ、ちょっと揶揄って遊んでたら反撃食らったってだけだよ。心配いらない」

 そうか、と答えるカシテラのトーンが一段下がった。


「―――ッ! 何をぼさっとしている! 早く奴を捕らえろ!」

 壮年が衝撃から覚めたようだった。男は鋭い声を上げ、周囲の騎士を指揮する。固く閉じていたはずの部屋の扉があっけなく開くと同時になだれ込むように騎士たちが元部屋に入ってきた。

「かっ、覚悟しろ!」

「そそそ、そうだ! このミーネ教団に楯突いたことを後悔しろ!」

 彼らは私たちを輪の中心にするようにぐるりと囲む。一斉に向けられた剣先が外の光を浴びてぎらりと光った。

 

 しかし、カシテラは彼らの剣先には一瞥もくれず

「そうか」

 とだけ言った。


「お、大人しくしろ。さもなくば―――」

「スパイラ殿はこんな気分だったんだな」

 カシテラはそう言っただけだった。少なくとも私にはそう見えた。けれど彼は、いつの間にか剣を抜いていた。


「なるほど。これは確かに――――――」

「剣を抜いたな、構うなかかれ! 殺してしまっても構わん!」

 騎士が一斉に飛び掛かる。だがカシテラはただ静かに言った。


「腹に据えかねる」


 その瞬間に巻き起こる暴風。思わす目を瞑るとぎゃあ、なんて悲鳴たちが遠くに聞こえ離れていくのが聞こえてきた。


 それらが聞こえなくなった後、目を開けばそこにはただ剣を振り下ろした状態のカシテラがいた。


 たった一瞬、剣を振るったらしかった。見慣れた大ぶりの剣の柄にあの輝きを放つ宝石は見当たらない。武骨で、傍から見れば銀の板にも見えるそれはあっという間にこの部屋に残っていた部屋らしさをめちゃくちゃにした。

 

 彼の振るった剣は、なけなしの家具類まできれいに吹き飛ばすどころか、残っていた内側の廊下へ続く壁もものの見事に破壊していた。がらがらと崩れる音が響く中、向こう側にひっくり返った状態の騎士たちがいる。カシテラは私をひょいと抱えると言った。


「では、いくぞ」

「……行くって、どこへ?」

「外だ。スパイラ殿とレイジャ殿が貴方を酷く心配している」

 あの二人が? なんで?


 私が疑問を浮かべる前にカシテラは私を抱えてひらりと部屋から飛び出した。眩しい光と共に喧騒がわっと耳に押し寄せてくる。


 久々に外に出て、私は今までいた部屋が丁度教会の二階にあったことを知る。そして光に眩む目を懸命に開くと―――。

「さて、後ひと踏ん張りだ。敵の本拠地は目の前だよ」

 何故かアダムがいた。


「恋敵は二度と手が出せないように、徹底して潰しておかないとね」


 北と南を引き連れた総大将はそう言ってふわりと優雅に笑った。

 

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