第三十三話 反撃の狼煙
ばたばたばたばた。教団の内部は今や尻に火が付いたように騒がしい。私が確認しただけでもこの部屋の前の廊下を何十人もが右往左往していた。
なんだこの騒ぎ。怠い体をよっこいせと持ち上げれば、慌てたような話声が耳に飛び込んでくる。
「報告です! 教会正門前に多数の人影あり! こ、こちらに向っています!」
「西、東とも同じ状況です! 包囲されています!」
まだ年若そうな二人のうろたえの滲む声に、壮年らしい男が静かに言う。
「うろたえるな。いくら数がいようと烏合の衆。我々の敵ではない。冷静に迎え撃て。言うことを聞かなければ実力行使でも構わん」
おいおい、教団が聞いて呆れるし女神ミーネに至っては草葉の陰で泣いていそうだ。その言葉に年若い相手は息を飲んだ。
「―――で、ですが! 相手は国民です! 我ら教団がそのようなこと」
「教祖様がお許しになった。それ以上に意味を成すことなどあるか」
「――――……了解しました」
とんだ独裁教団である。若い方は渋々といった色を見せながらも承諾したようだった。壮年の方が変わらない音程で言う。
「我らはこの、ミーネ様の入れ物と教祖様をお守りすればよいのだ」
いうに事欠いて入れ物扱いか私は。カシテラよりは私の方が生き残る確率が高いと思って残ったが、これではどっこいどっこいかもしれない。入れ物なら入れ物でもう少し丁重にもてなしてほしいものだが。
しかし国民とはどういうことだろう。この北にあるミーネ教団は構成員はほぼ北の富裕層出身だ。南出身で異民に分け隔てなく接することのできるカシテラが特殊なのであって、他は恐らくそうではない。
南でずっと息を潜めていた私だって聖堂騎士に会うことはまずなかったし、聖堂騎士に関わらず教団関係者は南を忌み嫌う北の民だ。だから北の人間が南の異民を「国民」なんて言ってためらうとは思えない。
「よっしゃ異民だ! やっつけよう!」くらいのテンションになりそうなもんだが。
特に何か被害を受けていない北の人間がそう簡単に、しかも影響力の高い武力勢力に立ち向かうとは到底思えない。 一体彼らには何が見えているのか。
しかし私がぐるぐると考えているとまた新たな騎士が駆けてくる音が聞こえる。ひょとしたらこの場所が教団の連絡通路なのかもしれないが、人の部屋の前で作戦会議しすぎだろ君たち。
「ほ、ほ、報告しますッ!」
「どうした」
随分と慌てた様子の騎士その三。フクロウのように何度も鳴き声を上げた後、彼は甲高い声で上司らしい騎士に連絡をする。
「教会正面門に、お、お、お、おお――――――ッ!」
「なんだ簡潔に言え!」
聞こえるだけでも分かるほど騎士の様子はおかしかった。前二人よりも明らかに狼狽えた声で要領を得ない。「お」から前に進まない報告に壮年が苛立ったように声を上げる。
「お、お、お、お…………王族、が」
「は?」
は?
いや、は? って言いたいのはこっちだ。何? 王族? 私の耳の聞き間違いか?
そう思ったのは壮年も同じのようで、報告に来た騎士に私が思っているのとまったく同じ質問をぶつける。
「王族だと? 馬鹿を言え」
そうだそうだ。もっと言ってやれ。見間違いだろそんな。
「見間違えたんじゃないのか。そんなに狼狽えて、正常な判断ができているとはとてもじゃないが―――」
気が合うな壮年。私も同じことを思っていた。というかアダムが言っていたように教団は裏から宝石の根回しで王族と密接にかかわっている可能性が高い。そんな奴らが教団包囲網の中に見えたなんて。
しかし若い騎士は「そんなわけありませんッ」と声を荒げた。
「確かに見たのです! 正門前で恐ろしいほどに、美しい方を」
「おい、落ち着け。いいから冷静にだな」
その声は実に滅裂だった。報告とは簡潔に素早くこなさなければいけないのに、彼はそれすらも忘れたかのようにまくしたてる。
「身を凍らせるほどに、妖艶な笑みを浮かべて……」
「おいっ、誰かこいつに気付けをしてやれ。錯乱しているようだ」
「ああっ、いけません! 考える、だけで、あの紫色が俺を捕らえて―――」
はて、確か少し前に紫の目を見たような。
「もういいっ! 作戦の邪魔だ! 誰かこいつを―――」
壮年が苛立った声を明確に上げた時、今度は私の後ろから明確な破壊音が聞こえてきた。壁を隔てた向こう側からばらばらと石が零れる音が聞こえてくる。
「今度はなんだッ⁉」
「ほ、報告! 裏口で突然の爆破が―――」
今度は爆破ときた。一体全体何が起こってるんだ。
外の様子でも少し伺ってみるかと、爆発音のした方の壁にぺとりと耳をつけてみる。だが、その瞬間。
「――――――少し、離れていてくれ」
鼓膜をびりびりと鳴らす明確な声に飛びのいた。その途端のことだ。壁に大きく亀裂が入り、外側からの力に耐えきれないようにはじけ飛んだのは。あっけにとられる私を前に眩しい太陽を背負った男は、私に向けて手を出して言った。
「迎えに来た」
随分と男前な顔を引っ提げて、カシテラは私を拘束する縄を千切り捨てた。もうもうと上がる砂埃の向こう側からは明瞭な大騒ぎが聞こえ始めていた。
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